目次
記事のポイント
- 次世代のデバイスとして期待されるスマートグラスには、部品の大きさにより外観の不自然さ、プライバシー、高コストなどの課題がありました。
- 「メタオプティクス」は、平面上に配置したナノ構造で光を自在に操る技術です。それを応用した「メタオプティクミラー」は、メガネレンズに埋め込み可能な厚さわずか150nmの超薄型ミラーで、曲面ミラーの機能を再現できます。
- メタオプティクスミラーは、透過率80%のクリアな視界を実現し、対面者から見た時にメガネレンズに虹模様が浮かぶのを防ぎます。また、生産には半導体製造プロセスを活用できるため、量産化やコスト削減効果が期待できます。
- メタオプティクス技術は、光学ミラーやレンズを大きく進化させ、スマートグラスだけでなく光電融合デバイスなどへも応用されることで、社会に大きな価値を与えることが期待されます。
AI時代におけるスマートグラスの役割
AIデータセンターやロボティクスが急速に発展する中、現実の世界とデジタルをつなぐ「フィジカルAI」の端末としてスマートグラスが注目されています。市場規模は2030年に8,300万台に拡大すると予測され、将来スマートフォンに変わる情報デバイスとして普及することが期待されています。
しかし、現在ディスプレイを搭載したスマートグラスの普及率は約5%にとどまっています。その最大の原因は、スマートグラスのコストとともに、外観が「日常になじまないこと」です。鮮明な映像を映し出し、必要な情報にいつでもアクセスできるなど、どれだけ機能が優れていても、日常身につけるものとして不自然な外観であれば、多くの人に受け入れられることは難しくなります。
スマートグラスの普及予測
スマートグラスを当たり前にするために
スマートグラスで映像を描画する方式として、現在主流となっているのが「導波路(ウェーブガイド)方式」です。この方式は、プロジェクターから出力された光をメガネレンズ内部の薄い導光層に導いて、内部で反射させながら目の前に映像を表示する仕組みです。
しかし、メガネレンズ表面に「虹模様(アイグロー)」が目立ってしまったり、周囲の人に映像の内容が見えたりというプライバシーのリスクがあります。さらに、複雑な光学部品を組み合わせるため、製造が難しくコストが高くなるという欠点がありました。
スマートグラスでもうひとつの映像方式として注目されているのが、「網膜直接描画(DRP:Direct Retinal Projection)方式」です。この方式では、レーザー光を眼の奥にある網膜に直接当てて映像を描く仕組みです。視力に関わらず鮮明な映像が見られるというメリットがあり、映像漏れも少ない方式です。しかし、光を網膜へ正確に反射させるために厚みのある「曲面ミラー」が必要となり、パーツが大きく飛び出したような外観になってしまうという課題があります。
スマートグラスの開発において、高度なAR映像体験を実現しながら、日常で違和感なく使える自然なデザインと軽さを両立することが求められてきましたが、これまでの映像方式では難しいとされてきました。
これまでのスマートグラスにおける映像方式の課題
光の常識を変える「メタオプティクスミラー」
そうしたこれまでの光学技術の限界を破るべく、TDKが世界で初めて実証に成功したのが「メタオプティクスミラー」を用いたDRPディスプレイです。これは、導波路も曲面ミラーも必要としない「第三の方式」とも言える画期的な技術です。
「メタオプティクス」とは、ナノサイズの微細な構造を平面上に配置して、光の反射や屈折、集光などを自在に制御する技術のことです。透明な基板の表面に、1万分の1ミリという目に見えないほど極小の構造体を特定のパターンで敷き詰めることで、光の進む方向を操ることができます。
これまでの光学部品は、ガラスやプラスチックの厚みや曲面によって光の方向をコントロールしていました。しかし、メタオプティクスミラーは、ナノ構造によって光を通常の反射とは異なる方向に導く「負の反射角」を実現します。これにより、スマートグラスのレンズに埋め込み可能な厚さわずか150nm(ナノメートル)の超薄型ミラーを実現し、かさばる曲面ミラーの機能を、薄く平たいレンズの上で再現することが可能になりました。
メタオプティクスミラーの特長
普通の眼鏡と変わらないデザインへ
メタオプティクスミラーの登場により、スマートグラスが抱えていた外観、プライバシー、コストなどの課題が解決されていくことが期待されます。
この極限までに薄いミラーは、可視光透過率80%という高い透明度で、通常の眼鏡のレンズにそのまま埋め込むことができ、曲面ミラーのようにパーツが前面に出ることがなく、導波路方式の課題であったメガネレンズ表面の虹模様も発生しません。さらに、網膜に直接投影するDRP方式と組み合わせることで、外部への映像漏れを防ぐことができ、電車や街中でも周囲を気にせず使用することができます。
さらに、メタオプティクス技術はコスト面にも大きな期待が寄せられています。高価な導波路ディスプレイや複雑な光学部品の組み立てがいらず、半導体製造で使われる加工技術(ウェハプロセス)で製造することが可能です。これにより、モジュール構造が大幅に簡素化され、将来的な量産化と大きなコストダウンへの道が拓かれました。
世界初を実現したTDKのブレークスルー
応用製品開発センター フォトニクスデバイス開発部
メタオプティクス開発室 室長
水野 友人
この革新的なデバイス開発の裏側には、TDKが長年培ってきた知見と技術の融合がありました。TDK株式会社技術・知財本部応用製品開発センターの水野友人は、開発に掛けた期間を振り返ります。「2022年7月にDRPスマートグラスのユーザビリティ向上のため『眼前の反射ミラー排除』が社内議論されたことが開発の発端です。先行例がない中、ゼロベースでメガネのレンズに埋め込み可能な薄型ミラーの検討を開始しました。23年よりQDレーザ様とも連携し、TDKのグループ会社であるSAE(香港)やHeadway(米)での試作を重ねて開発推進を行い、TDKの薄膜プロセス技術を活用したオリジナルのメタオプティクス光学素子を創出することができました。開発当初はなかなか映像を得ることができず、苦しい時期が続きましたが、社内外の協力を得て乗り越えることができました。これからも製品化に向けて開発を加速していきます」。
TDKは現在、メタオプティクスミラーを搭載したスマートグラスの基礎検証を進めており、2026年には「CEATEC 2026」でのデモ出展、さらに現在は単色(モノカラー)の対応ですが、数年以内のフルカラー化と量産化に向けた準備を加速させています。
また、このメタオプティクス技術の応用範囲は、スマートグラスだけにとどまりません。高速大容量の光通信を処理するAIデータセンターにおいて、電気信号を光信号に変えて高速かつ低消費電力で通信を行う「光電融合デバイス」など、次世代の社会を支える重要な基盤になることが期待されています。
メタオプティクスミラーは、部品の小型化・薄型化だけでなく、これまでの光学の常識を変える技術です。実際の風景を見ながら様々なデジタル情報を受け取ることのできるスマートグラスは、私たちの生活とAIをつなぐインターフェースとなります。人と情報が調和する豊かな社会の実現をTDKの技術で支えていきます。
まとめ
スマートグラスは次世代の情報端末として期待される一方、普及までには外観の不自然さやプライバシー、コストなどが課題となっていました。TDKが開発した「メタオプティクスミラー」は、平面上に配置したナノ構造で光の方向を制御し、薄く透明なレンズで曲面ミラーの機能を実現する新技術です。スタイリッシュなデザインとクリアな視界を両立でき、スマートグラスや将来の光電融合デバイスへの応用など、未来社会を支える大きな可能性を秘めています。

