サステナビリティCEOメッセージ

新たな成長のステージへ向けて
自らを変革し、自力を高めながら、
GXとDXという社会の変革に貢献していきます。

代表取締役 社長執行役員CEO
齋藤 昇

限りない可能性を改めて感じた2年間

社長に就任して丸2年が過ぎました。この2年間を振り返って、私はTDKという企業には限りない可能性(ポテンシャル)がある、と改めて実感しています。このように感じる大きな理由の一つには、当社が有するさまざまな意味での「多様性」が挙げられます。

現在のTDKグループは、世界30以上の国・地域に250カ所を超える拠点を展開しています。従業員数は10万人を超え、そのうち約90%は日本以外の国籍をもつ人々です。世界各地の事業拠点には優れた能力、ユニークな個性を持ったチームメンバー(従業員)が多数存在しており、その一人ひとりが持てる力を十分に発揮することで日々新たな価値が生み出されています。

私自身も30数年の社歴のうち20年以上は海外に勤務し、複数の国で多様性のもつ力を実際に体験してきました。なかでも大きかったのは、社長就任直前の約5年間、センサ応用製品事業(以下、センサ事業)の責任者(ビジネスカンパニーCEO)を務めた経験です。

センサ事業は7つのグループ会社で構成され、13の国や地域に事業を展開する、いわば「ミニTDK」のようなグローバル事業です。当時苦戦していたこの事業を立て直すべく、私は事業本部をアメリカに移して自らもそこに常駐し、現地のさまざまなメンバーと約4年間、試行錯誤を続けました。その結果、事業の黒字転換に成功したわけですが、まさに多様なメンバーの力を結集して成し遂げた成果だったと思っています。この体験はグループの経営トップとして現在の仕事を行う際にも大きな自信となっています。

多様性の強みとは、単にさまざまな個性・能力をもつ個人が多くいることではありません。そこには「つながり」や「調和」、「融合」が必要です。その意味でTDKという企業の本当の強みは、多様な人財がその個性・意欲・能力を最大限に発揮できる組織風土にあると私は考えています。異なる背景や文化を持った人々が、密なコミュニケーションを通して互いを理解し、それぞれの想いをぶつけ合いながら、技術や情報を共有していくことで、新しい技術や事業のアイデア、あるいは困難な課題の解決策が見えてくるのです。

社長就任以来、私は全世界のさまざまな事業拠点を訪れ、各地でチームメンバーたちと対話を重ねてきました。そして、どの拠点にも一人ひとりの個性を発揮させる風土がしっかりと醸成されていることを再確認できました。この会社に潜在する力を顕在化させていけば、まだまだ新たな価値を社会に生み出していけると確信しています。

 

GXとDXという時代の変革に不可欠な製品ポートフォリオ

私がTDKという企業に大きなポテンシャルを感じるもう一つの理由は、事業の長期的な成長性にあります。この2年間を振り返ると、コロナ禍からの正常化に伴う景気回復が見られた一方、ロシアのウクライナ侵攻による地政学的リスクの高まりや、それを契機としたエネルギー価格の高騰、急激な円安の進行など、事業を取り巻く環境は目まぐるしく変化しました。その中には当社にとって逆風となるものも多々ありました。

しかしながら、より大きく長期的な視点で捉えた場合、世界は大きく2つの潮流で変革(Transformation)を続けていると見ています。一つは脱炭素社会の実現に向けエネルギーのあり方を根本から見直すグリーントランスフォーメーション(GX)であり、もう一つは情報通信技術やAIによって社会・産業・生活のあり方が大きく変わるデジタルトランスフォーメーション(DX)です。

GXについては、当社はその中核分野を押さえています。その代表が二次電池事業です。既に小型電池市場で世界シェアNo.1のポジションを確立しており、さらに中型電池についてもCATLとの合弁事業によってシェア拡大を目指しています。

一方、DXの進展においては、前述のセンサ事業を例にとると、センサは重要なデバイスの一つだと言えます。現実世界のさまざまな物理現象をコンピュータで分析・解析するためには、まずセンシングによってそれをデジタルデータに変換する必要があるからです。この長期的な成長が確実視される分野に着目して数年前からM&Aを含め積極的な投資を行ってきた結果、今やセンサ事業は柱事業の一つに育ちつつあります。

センサの活躍領域は、今後さらなる広がりが期待できます。データセンターの処理負担を軽減するため、さまざまな分野でデータの発生場所に近いエッジ(端)でデータ処理を行うエッジコンピューティングが広がっており、当社はこの動きに対応した新たな事業の立ち上げも進めています。

これらの2つの潮流が今後もさらに加速していくことは間違いないでしょう。これらの潮流に対し、TDKは蓄積したテクノロジーをベースに多種多様な技術・製品・ソリューションの提供を通して貢献し続けることができます。GXやDXの進展に寄与する当社製品を列挙しだすとキリがありませんが、既存の製品に加えて、新たな社会のニーズに対応した新製品・新技術の研究開発も継続しており、これからも各市場での優位性を維持・拡大していけると信じています。

 

前中期経営計画「Value Creation 2023」の総括

当社グループは2022年3月期から前中期経営計画「ValueCreation 2023」を進め、2024年3月期にはその最終年度を迎えました。

2022年4月の社長就任当時は、小型二次電池への収益依存度が高く、言うなれば「1本足打法」のような状態でしたが、私は、TDKが新たな成長ステージ(成長の「第二章」)」を目指していくためには、収益源の多様化を図る必要があると考え、3つの重点事業を成長させることに取り組んできました。すなわち「中型二次電池事業の強化」「センサ事業の成長」「受動部品事業の再成長」です。前中期経営計画の3年間を通して、これらの3つのテーマにはいずれも一定の進捗があったと評価しています。

中型二次電池事業については、2年前に開始したCATLとの合弁事業が本格稼働を開始しており、近い将来の飛躍に向けた基盤が固まりつつあります。受動部品事業でも、積層セラミックチップコンデンサ(MLCC)やインダクタが新たな収益源として成長しました。センサ事業においても、TMRセンサやMEMSセンサが全体の収益に貢献する形ができつつあります。

以上の通り収益源の多様化が進むなか、各事業の環境変化に応じた柔軟なキャピタル・アロケーションを行うことができました。また、キャッシュ・フローの面でも、前中期経営計画期間の初年度にコバルトなどの電池材料の長期安定調達のための前渡金1,100億円が発生したものの、運転資本の改善や中型二次電池における合弁会社(JV)への設備売却によるキャッシュインフローの増加もあり、財務目標の一つに掲げた「3カ年累計で株主還元後のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)プラス」を達成できました。設備投資については3年間累計で7,500億円という計画をやや上回る7,856億円の実績でしたが、成長が期待できる事業への先行投資を着実に実施できたと評価しています。

このように事業構造の改革を進め、将来に向けた投資も継続できましたが、より強靱な企業体になっていくには、克服すべき課題(チャレンジ)がまだ残されています。なかでも大きな課題は「収益性の改善」だと考えています。前中期経営計画で掲げた「営業利益率12%」「ROE14%」の目標は残念ながらいずれも未達に終わりました。この要因の一つは、HDD市場の急減速によって関連事業の収益が悪化したことですが、マグネットをはじめとする課題事業の変革が3年間で思うように進まなかったことも大きな理由です。2025年3月期からスタートした新中期経営計画ではこれを反省点とし、先手の事業ポートフォリオマネジメントを実行していく方針です。

前中期経営計画のKPI目標と実績

2024年3月期目標 2024年3月期実績
売上高 20,000億円 21,039億円
営業利益率 12.0% 8.2%
ROE 14.0% 7.9%
還元後FCF 黒字化 529億円
設備投資(3年間累計) 7,500億円 7,856億円

「10年後にありたい姿」を定めた長期ビジョン

新中期経営計画の説明に入る前に、同時に発表した「長期ビジョン」について、その背景や意図を語っておこうと思います。長期ビジョンの策定のねらいを一言で言えば、今後10年を通じて TDK が標榜するありたい姿の具体像を社内外に示すことにあります。

この2年間、当社の事業を取り巻く社会・経済的な環境には激動と言ってもよいくらいの目まぐるしい変化がありました。こうした短期間のサイクルでの環境変化は、おそらく今後もさまざまな領域で起こるでしょう。そのなかでグローバル企業として持続的成長を目指していくには、3年単位の綿密な中期経営計画を作りその実行に努めることももちろん重要ですが、その前提として、より長期的な視点で「目指すべき未来の姿」を決め、そこに向かうための道筋を会社全体で考えることも必要ではないかと強く思うようになりました。

これは毎月の取締役会でもしばしば議論となっていたテーマでした。中期経営計画の進捗を四半期ごとに確認・精査することは経営陣として当然大事だが、未来に向けてグループ全体がどう進んでいくのか、より長期視点での目標を設定していくための議論にも取締役会は時間を割くべきだ──そうした社外取締役の後押しもあり、私を含めた経営層が一体となって議論を重ねながらTDKのありたい姿を明確化したものが、この「長期ビジョン」です。

ビジョンの核を成す「Transformation」という言葉には、2つの意味が込められています。一つは未来に向け「Transform」を続ける社会にこれからも貢献し続けていこう、という想いです。もう一つは、その貢献を持続的に行っていくために、自分たちも「Transform」し続けねばならない、という決意です。長きにわたって社会に貢献していくために、自らも変革を続けていくという意味で、この長期ビジョンは「創造によって文化、産業に貢献する」という社是に示された創業者の志を、改めて未来の目標として据えたもの、と言えるかもしれません。

新中期経営計画の概要

この春からスタートした新中期経営計画は、長期ビジョン「TDK Transformation」からバックキャストする形でいま何を成すべきかを考え策定しました。今後10年間のうちこの新中期経営計画期間は、あるべき未来に向けた事業基盤強化の期間と位置づけています。新中期経営計画期間における重要なポイントは大きく3つあると考えています。

第一に「キャッシュ・フロー経営の強化」が挙げられます。この基本は事業活動で獲得する営業キャッシュ・フローを増やす、つまり「稼ぐ力」を高めることです。これまでも当社グループは、事業環境の変化に対応すべくM&Aも活用しながら事業ポートフォリオを柔軟に組み替えグループ全体として稼ぐ力を高めてきました。3カ年移動平均で見て過去1,000億円水準であった営業キャッシュ・フローは、現在の約2,000億円レベルにまで向上しています。これを新中期経営計画期間中にはさらに3,400億円水準まで引き上げることを目指します。

第二のポイントは「事業ポートフォリオマネジメントの強化(ROIC経営の強化)」です。当社は約20年前からTVA(TDKValue Added)という独自指標により資本コストを重視した財務管理に取り組んできました。2022年3月期には「投資傾斜配分マトリックス」を導入し、約80あるキャッシュフロー・ビジネス・ユニット(CBU)を「事業ROA(ROIC)」と「事業将来性」の2軸で階層化することで、投資配分の最適化を進めてきました。さらに、新中期経営計画期間からはこの投資配分の2軸マップを事業ポートフォリオマネジメントにも適用していきます。ミニマムハードルレート10%を下回る事業については、適切なモニタリングを早期に実施し、ターンアラウンドに向けた施策を迅速に実行します。同時に成長領域への資源配分を強化していく方針です。

この施策は前中期経営計画期間に課題事業の改善が思ったように進まなかった反省に基づいたもので、私は「先手の事業ポートフォリオマネジメント」と呼んでいます。ビジネスユニットごとにベストオーナーへの譲渡を含めた「先手の事業ポートフォリオマネジメント」を行うことで、新中期経営計画期間の最終年度(2027年3月期)には全社でROIC8%以上・営業利益率11%以上の達成を目指していきます。

未財務資本の強化にもさらに注力

新中期経営計画の第三のテーマはフェライトツリーの進化(未財務資本の強化)です。「未財務資本」とは、いわゆる非財務資本を指す当社独自の呼称です。技術力、人的資本、顧客基盤、組織力などに関する取り組みは、将来的にはすべて財務的価値の創造につながるものと捉えており、私はこれを「非財務」ではなく「未財務」と呼ぶことにしました。

当社ではフェライトから始まる創業期からの製品や技術の広がりを、1本の木の成長になぞらえて「フェライトツリー」と呼んでいますが、上記のようなさまざまな未財務活動は、このツリーの「根」に相当すると言えます。大地にしっかりと根を張ることで、ツリーはさらに大きく枝を広げ、高みに向かって伸びていくことができます。今回設定した長期ビジョンを実現していくためにも、これまで以上に事業活動の「根」となる未財務資本の重要性に対する認識を社内でしっかり共有し、新たな価値創造プロセスの構築につなげていこうと思っています。

さまざまな未財務資本のうち、私が最も重視するのはやはり「人」です。企業の持続的な成長を支える価値創出の根本は人だからです。冒頭でも述べましたが、当社の強みは多様な人財を有しているだけではなく、その多様性が秘める力を最大限に引き出せる組織文化にあります。現在の従業員約10万人のうち8割はM&Aで仲間に加わったメンバーであり、買収先であってもその企業が培ってきた文化を尊重し、相手から学べることは積極的に学んでいくという姿勢はグループ全体に浸透しています。

この根底には長年受け継がれてきた「機能対等」の文化があります。それぞれの部門が持つ機能・役割に上下はないとの考えに基づき、役職に関係なく誰もが対等な立場で互いを尊重し言うべきことを言い合う──こうした組織風土を当社は従前より大切にしてきました。異なる文化や個性のぶつかりあいから生まれる「融合」こそが、イノベーティブな技術・製品を創出するというのが当社の考え方なのです。

グループガバナンスの面でも、多様性を最大限に生かす仕組みづくりを徹底してきました。2024年6月時点の当社の執行役員の半数は外国人で構成されています。また、「Empowerment & Transparency(権限委譲と透明性の確保)」を基本方針に据え、グローバルで遵守すべき基本ルールを「グローバル共通規程」として定めてガバナンスを効かせる一方で、各自の個性・能力を最大限に発揮してもらえるよう地域本社や中核子会社への権限委譲を積極的に進めてきました。各地域本社に管理機能だけでなくマーケティングやR&Dの機能もあわせて持たせることで、よりダイナミックに戦略を展開できる自律分散型の組織に進化させようとしています。

コーポレート・ガバナンスのさらなる強化に向けた取り組みとしては、2024年6月より取締役の過半数が社外取締役となる体制としました。また、未財務資本の重要性を経営層により強く意識してもらうため、CO2排出量削減、従業員エンゲージメントスコアなどの未財務指標を執行役員報酬の連動指標に加えました。

未財務資本として、もう一つ私が重視しているものは「品質」です。社長就任以来、グループ全社に対して「QualityFirst」と呼びかけてきたのもそのためです。

ここでいう「品質」とは、製品の品質だけでなく、例えば生産の効率化や歩留まり率向上、マーケティング強化、あるいは労働環境の改善やチームメンバーのモチベーションアップなど広い意味を含んでいます。この「品質」は、外部環境の変化にかかわらず、自分たちの努力次第で改善・向上させられるものなので、これを「自力」と言い換えても良いでしょう。「自力」は、もう一つの成長のポテンシャルだと私は捉えています。

例えば、2024年3月期のエナジー応用製品事業は、スマートフォンの生産台数低下や価格競争の激化によって売上高が前期比4.4%減となったものの、営業利益は同32.7%増と大きく改善しました。これは各拠点での生産の自動化や、DXの活用による歩留まり率向上(品質コスト改善)の成果、すなわち「自力」の成果です。今後も全世界のすべての事業で足元を見つめ直せば「自力」の向上に対してできること、為すべきことがいくらでも見つかるはずです。

世界的に高まる地政学的リスクに対応すべく、当社グループでは生産拠点の最適化やサプライチェーンの改革を急ピッチで進めていますが、そこにはコストの上昇というジレンマが伴います。「自力」の強化を追求していくことでそうしたコストアップを吸収し、グローバルでのコスト競争力を維持・向上させていきたいと考えています。

ステークホルダーの皆様へ

約90年前にベンチャー企業として誕生した当社には、失敗やリスクを恐れずチャレンジしていく精神が今もしっかりと継承され、会社全体に共有されています。その意味でTDKは「売上高2兆円・従業員10万人規模の巨大なベンチャー企業」である、と私は認識しています。

前回の統合報告書でも述べたことですが、TDKを楽団に例えるならばオーケストラではなく、多種多様な才能・技術・個性を持ったプレイヤー達が集うビッグ・ジャズ・バンドが相応しい、と私は思います。ビッグバンド「TDK United」のCEOは指揮者ではなく、リーダー兼マネージャー(リードマネージャー)であり、メンバー一人ひとりができること、やるべきことを自分事として実行し、創造性や意欲、想いを、最高の形で発揮してもらえるよう働きかけるのが私の仕事です。

コロナ禍のような予想もつかない激動も含めて、事業環境の変化はこれからも続いていくでしょう。そうした変化に対して臨機応変に対応しつつ、長期ビジョンに掲げた「未来にありたい姿」をしっかりと見据えながら、足下の経営計画に沿って地道に、一歩一歩前進していこうと思います。繰り返しとなりますが、TDKには限りないポテンシャルがある、と私は信じています。

最後に、株主・投資家の皆様に一言申し上げます。私がTDKにあると感じている大きなポテンシャルは、まだまだ皆様に共有されていないように思えます。これは、皆様とのコミュニケーションが不足していることも原因だと考えています。

このため、今後は、株主・投資家の皆様との対話の機会・範囲を拡大し、できる限り多くの方々に、私の感じている「TDKの限りないポテンシャル」を理解していただけるようにしたいと思っています。引き続き温かいご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。