

医療機器の「低温殺菌」を当たり前に。
relyon plasmaチームのチャレンジ
医療現場では、感染症の予防や安全性確保のために、医療器具を常に清潔に保つことが非常に重要です。しかし、医療機器の高度化によって、精密な電子機器も数多く登場しているなか、それらの機器にダメージを与えずに殺菌・消毒する方法が求められています。TDKのグループ会社relyon plasmaが開発した「MediPlas」は、空気中の酸素や窒素を利用して、窒素酸化物、過酸化水素などの活性酸素・窒素種(RONS)や、オゾンなどをその場で生成し、医療機器を安全かつ効率的に消毒・殺菌することができます。この記事では、医療機器の低温殺菌を可能にする画期的なデバイス開発に取り組むチームのチャレンジをご紹介します。

医療現場における消毒・殺菌の重要性
さまざまな感染症が流行するなか、私たちの日常生活において、手指の消毒や殺菌が感染症を予防する効果があることは当たり前の知識となりました。病院などの医療機関においても、消毒・殺菌の役割はより重要なものとなっています。WHO(世界保健機関)が2022年に発表した報告書によると、救急病院に入院した患者100人のうち、高所得国では7人、低・中所得国では15人が入院中に医療関連感染(HAI: Healthcare-Associated Infection)を発症し、平均で10人に1人が感染を原因に死亡しています。(出典:WHO launches first ever global report on infection prevention and control(WHO))

医療機関では、患者や医師・看護師にウイルスや細菌の感染を防ぐために、診察用の器具、手術用具、医療機器などあらゆるものの殺菌・消毒が徹底されています。特に患者に直接触れる医療機器は、細菌などの微生物を限りなくゼロにするための処理が行われています。その方法には、高圧水蒸気や薬品、ガスなどを使うものなど様々なものがあり、その技術は常に進化し続けてきました。

Head of Sales and Marketing
relyon plasma GmbH
relyon plasmaでMediPlasの販売とマーケティングを担当するSimona Lerachは医療現場の声について次のように語ります。「医療分野では、器具を安全かつ低コストで殺菌・消毒したいというニーズが高まっています。MediPlasの開発は、これまでの殺菌プロセスに取って代わる、カスタマイズ可能で、時間を短縮でき、持続可能なソリューションを求める医療関係者の声に触発されて始まりました。私たちの『低温プラズマ技術』を活用すれば、これまでにない殺菌・消毒デバイスが実現できるのではないかという確信がありました」。
様々な消毒・殺菌の手法

医療器具の殺菌において現在最も多く行われているのが、高圧水蒸気を使った手法です。オートクレーブと呼ばれる装置内に医療器具を入れ、高圧かつ高温(約120℃以上)の水蒸気によって微生物を殺菌します。有毒な薬品を使用しないので安全性が高く、短時間でも高い効果があるため広く普及しています。
医療現場で「低温殺菌」のニーズが拡大
医療技術の進化とともに、医療器材の種類は拡大しています。その中には、精密機器や一部の樹脂など、高温には耐えられない器材も含まれています。それら熱に弱い器材の殺菌・消毒には、主に「エチレンオキシド(EtO、酸化エチレンガスとも呼ばれる)」などのガスを使う方法が一般的でした。密閉された容器内にガスを注入するこの方法では、高温にならないため、幅広い器材に利用できます。しかし、エチレンオキシドは毒性が強く、作業者はマスクやゴーグルなどの防護具が必要となるほか、エアレーションと呼ばれるガス除去作業が長時間必要となります。
TDKのグループ会社TDKエレクトロニクスでプロダクトマーケティングを担当するJose dos Santosは、そのリスクを次のように解説します。「エチレンオキシドの最大の懸念のひとつは、人体と環境のどちらにも有害であることです。高濃度のエチレンオキシドガスを浴びると、呼吸器系の疾患、皮膚の炎症、神経の損傷など深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。また、殺菌プロセスには数時間から数日かかることがあり、医療現場では大きな不利益となります」。
医療現場における電子機器の例

プラズマを用いた低温殺菌の可能性
安全かつ低コストな殺菌・消毒の方法が求められるなか、エチレンオキシドに代わる新たな選択肢として注目されているのが、窒素酸化物や過酸化水素などの活性酸素・窒素種(RONS)です。強い抗酸化作用を持ち、有毒な残留物なく殺菌できるのが特長です。
relyon plasmaでは、大気圧プラズマの応用分野において長年の経験を持ち、積層セラミック技術の専門知識を活かして、圧電トランスを用いた小型のプラズマ発生器を開発。市場に定着させることに成功しました。これをもとに医療分野に向けて、窒素酸化物や過酸化水素などの殺菌ガスを生成できる「MediPlas」プラズマシステムを開発しました。


Head of R & D
relyon plasma GmbH
開発を指揮したrelyon plasmaのFlorian Freundは話します。「私たちは長年培ってきたプラズマ技術の経験を活かすことで、開発段階での典型的な課題を最初から解決することができました。また、使用される材料は高い要件を満たす必要がありましたが、最先端のプラスチックメーカーやシーリング技術の専門家とのネットワークを活かして、それに取り組みました。さらに、プラズマ特有の高電圧発生に関するノウハウを活かすことで、コンパクトで堅牢な製品の設計が実現できました」。
MediPlasの仕組み


MediPlasは、小型のため内部再処理用のさまざまな装置に組み込むことができます。また、密閉式の殺菌装置に組み合わせることで、歯周病の治療器具や歯科用器具など、部品全体の殺菌・消毒に利用できます。
さらに、MediPlasの可能性についてFreund は語ります。「小型、安全で、消費電力が少ないMediPlasは、汎用性が高く無限の可能性を秘めています。現在、私たちは医療・ヘルスケア分野に注力していますが、将来は産業分野へのソリューションも提供したいと考えています。例えば、農業分野では種子の殺菌・消毒と発芽時間の最適化に、食品分野では賞味期限を長くするための取り組みに。また、水質処理にも活用できるなど、その可能性は多岐にわたります。私たちのゴールは、お客様とともに最適なソリューションを見つけることです。私たちの専門知識を活かして、お客様の課題解決のお手伝いができればと考えています」。
relyon plasmaのチームメンバーと本社社屋

MediPlas リアクター/ドライバー
