ヒューマンセントリック(人間中心)ロボットが、労働の現場を一変させる
私たちの社会はロボット技術の進歩によって大きく変わろうとしています。産業用ロボットは製造業や物流業ではもはや当たり前となり、生産性の向上や人手不足の解消に貢献しています。現在注目を集めているのが、人のように二足歩行をしながら、ともに作業を行う協働ロボットです。人と同じ環境でまるで仲間のように働く最新型のロボットをご紹介します。
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人とともに働く「協働ロボット」の可能性
工場や物流倉庫、接客の現場など、幅広い領域で労働を支えている産業用ロボット。なかでも、人と同じ環境で人とともに働く「協働ロボット(collaborative robot、cobot)」に注目が集まっています。近年、労働力不足への対策や、感染症対策と生産性の両立を図ることを目的に、さまざまな現場で協働ロボットの導入が進んでいます。矢野経済研究所の調査によると、全世界での協働ロボットの市場規模は、2021年の1,497億円から2032年には1兆530億円にまで拡大すると予測されており、ロボットはこれからの労働環境を大きく変える可能性を持っています。
協働ロボットにおける最先端のロボットこそ、人と同じ形状をしたロボットです。人と同じサイズと形をしたヒューマノイドロボットは、設置する場所をあらたに用意することなく、人と同じ場所で使用できるため、既存の労働環境への導入が容易にできます。また、人と同じ速さで動いたり、人とロボット間で物の受け渡しができたりと、人との共同作業もスムーズに行うことができます。一方、二足歩行ロボットは、車輪で動くロボットと比べて安定性が低く転倒のリスクがあるため、高度なセンシングと動作制御が求められます。また、重要な課題として、移動のためのエネルギー効率が低いため、長時間稼働するためにはバッテリ性能の向上が不可欠です。
TDK株式会社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)であるTDK Venturesが投資しているアメリカのスタートアップ企業Agility Roboticsは、これらの課題を解決する「ヒューマンセントリック(人間中心)な次世代ロボット「Digit」を開発しています。
先進の二足歩行ロボット「Digit」
2015年にカリフォルニア州で設立されたAgility Roboticsは、2018年に画期的な二足歩行ロボットの「Digit」を発表し大きな話題を集めました。2023年3月には、さらに高性能に進化した第2世代Digitを発表しました。Digitは全高175㎝と人間サイズの二足歩行ロボットで、階段の昇降や不整地での移動が可能です。先進のセンサ技術とAIアルゴリズムと搭載し、カメラやLiDAR*センサによって周囲の環境を認識することで、複数台のDigitが同じ場所で自律的に動作することもできます。これにより、管理者が動作を指示するタスクを最小限で済ませることが可能です。Digitは二本の腕と物を保持するのに最適化された手を持っており、最大16kgの荷物を運ぶことができます。さらに、プログラム可能なインターフェースを持ち、動作のカスタマイズやタスクの変更も容易に行うことができます。
TDKとのコラボレーション
Chief Robot Officer
Co-Founder
Agility Robotics
現在Digitは、倉庫や物流センターなどにおいて、荷物の運搬や棚への収納作業などで活用されています。将来は、トラックの荷物の積み下ろしを行ったり、配送員の代わりとなって玄関先まで配達したりすることも想定されています。トラックの自動運転技術などと組み合わせることで、配送業務のラストワンマイルを担うことも期待されています。
TDKは、Agility Roboticsが開発する、安全で汎用性の高いロボティクス技術の可能性に注目し、2020年にTDK Venturesを通じて投資を実施しました。Agility Roboticsの共同創業者でありCTOのジョナサン・ハースト氏は、TDKとの技術的なコラボレーションについて次のように話します。「TDKは初期からのパートナーとして、Agility Roboticsの成長に重要な役割を果たしてきました。ロボティクス業界を理解し、技術の発展にも貢献できる投資家を持つことは、私たちにとって幸運なことです。Digitはヒューマンセントリックなロボットとして、人間と同じ環境を移動するため、最新のセンサやアクチュエータ、高性能のバッテリなどが必要です。私たちは、ロボットをさらに進化させる技術や部品を探しており、TDKグループを通じて得られる専門知識を高く評価しています」。
“人のように動くロボットこそが、人の世界で活躍できる”
Jonathan Hurst
Chief Robot Officer, Co-Founder Agility Robotics
世界最先端のロボティクス技術を搭載したDigitですが、ハースト氏は今後の課題や展望についてこう語ります。「今後Digitがより多彩な環境で働けるようになるために、技術的な課題はまだまだたくさんあります。自ら充電用のドックに接続して充電する機能や、プラスチック容器や段ボール箱など軽量でやわらかい荷物を扱えるグリッパー、また、ロボットが次に何をしようとしているか周辺の人間に情報を伝えるためのヘッドなど、さらなる機能が必要です」。
ヒューマンセントリックロボットの進化を通じて、労働現場ではますます人とロボットの共存が進んでいくことでしょう。TDKでは、多種多様なセンサや小型で大容量のバッテリ技術を通じて、ロボットのさらなる進化に貢献しています。協働ロボットがさらに高度化・高性能化することで、生産性の向上や労働力不足など、さまざまな社会課題の解決につながります。そして、人が困難な作業や危険なタスクから解放されることで、よりクリエイティブで人間らしい働き方ができるようになると期待されています。
2019年に設立されたTDK Venturesでは、ロボティクスをはじめ、次世代素材、モビリティ、ヘルステック、産業分野など、DX(デジタルトランスフォーメーション)とEX(エネルギートランスフォーメーション)の推進につながる、世界中のスタートアップ企業に投資を行っています。TDK Venturesの活動や投資先企業についての詳しい情報は、TDK Venturesの Webサイトをご覧ください。
用語解説
- * LiDAR:Light Detection and Ranging(光による検知と測距)の略。赤外線やレーザー光などを用いて物体や地形の距離や高さを測定するシステム。