Venture Spirit
あくなき挑戦が支えたTDK90年のイノベーション
90年にわたるTDKの発展を支えてきたのは、創業から受け継がれてきた「Venture Spirit/ベンチャースピリット」です。1935年12月、TDKの創業者・齋藤憲三は、東京工業大学(現:東京科学大学)の加藤与五郎、武井武の両博士が発明した磁性材料フェライトの工業化を目的とする、大学由来のベンチャー企業としてTDK(当時は東京電気化学工業)を設立しました。以後、90年にわたり、挑戦からイノベーションを生み出し、事業と成長を推進するベンチャースピリットがTDKの原動力となりました。90年にわたるTDKのTransformationを導いたベンチャースピリットを紐解きます。
日本最古の大学由来のベンチャー企業のひとつ
1930年、加藤与五郎・武井武両博士が発明した酸化物磁性体「フェライト」と、創業者の齋藤憲三の出会いからTDKのベンチャースピリットは始まります。当時、貧農にあえぐ故郷の秋田を救いたいという志を持った齋藤は幾多の事業に取り組みますが、ことごとく失敗。後年、齋藤は自らを「2勝98敗*」の男と振り返ったほどでした。しかし、幾多の苦難にめげず挑戦を続けてきた齋藤の思いはついに実を結ぶことになります。
フェライトと出会った齋藤は、その志を認めた鐘淵紡績の津田信吾から私財の援助を受け、1935年12月7日に東京電気化学工業株式会社を設立。当時、用途もわからなかった「フェライト」を工業化するという「夢」を持った「勇気」ある出発でした。東工大と共同開発を行って「フェライトコア」として製品化し、世界に先駆けて1937年に実用化。その結果、終戦までに無線やラジオに使用されて500万個を出荷して顧客の「信頼」を得ることに成功しました。
現在もフェライトコアはTDKの主要製品であり、90年の歴史をもつこの材料は今日も多種多様な製品を生み出す源泉となっています。材料技術に関する深い知見がなければ、TDKは新たな技術革新を成し遂げることはできなかったでしょう。
*2勝とはTDKの創業と、衆議院議員となって科学技術庁の創設に尽力したことである。
世界の音楽ライフを変えた「音楽用カセットテープ」の挑戦
フェライトコアに続き、TDKが世界に大きなインパクトを与えたのが音楽用カセットテープです。その立役者の一人である大歳寛(TDK第4代社長)は、成長著しい音楽業界に注目し、オープンリールに代わる安価で携帯性に優れたカセットを音楽メディアに変えると決意しました。しかし当時のカセットは全音域を録音できず音質が劣るという壁があり、大歳は「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調」を生演奏のように鮮やかに録音するという明確な目標を掲げます。目標達成のためチームワークと大胆な改革が必要だと考えた大歳は、当時珍しかった社会パートナーとの連携を推し進めて技術革新に挑みました。
1968年、TDKは初の音楽用カセットテープ「SD(スーパーダイナミック)」を開発し、生演奏のような再生音を実現。音楽の本場・米国から販売・促進を行うという、これも当時の常識を破ったマーケティングで大きな反響を得ました。以後、人々はカセットテープで音楽を持ち歩くようになり、世界の音楽ライフが変わりました。後年、大歳は「TDKほど型にはまらないで仕事ができるところはないと思う」と述べています。
カセットテープをはじめとする記録メディア事業の時代にTDKのグローバル事業は大きく拡大しました。この時期に培われた「お客様に寄り添い、現地市場のニーズに合わせて製品をカスタマイズする」という知見は、今もなおTDKの強みとなっています。挑戦から生まれるベンチャースピリットはカセットテープを文化的象徴へと高め、その理念は今も息づいています。
常識破りの巻かないコイル「積層インダクタ」の開発
1970~80年代、ラジカセやビデオカメラ、無線機などが持ち運べる小型モバイル機器へと変わりました。モバイル化を支えたのは受動部品のSMD(表面実装*)化による小型・低背化です。しかし、受動部品の中でインダクタ(コイル)だけはSMD化が遅れました。磁性材料をコア(芯)に導線を巻く基本構造のため、「平面化できない」「平坦化で大型化・特性劣化する」とされ、「巻かないコイル」は想像されていなかったのです。
佐藤 英和
そこでTDKは、常識を打ち破る決断をします。従来の巻線とは全く異なる発想で、垂直方向に半パターンを重ねてコイルを作るという画期的な積層工法を生み出したのです。理論の裏付けだけでなく量産に持ち込む道は茨の連続でした。マグネティクスBGのゼネラルマネージャー・佐藤英和は振り返ります。「材料、ペースト、印刷、切断、焼成、端子形成、測定――ほぼ全工程が前例のない挑戦でした」。一つ一つの工程で新しい技術課題を発見し、解決を重ねることで、TDKは1980年、世界で初めて積層インダクタの量産化に成功します。
この技術革新は、テレビのチューナーを皮切りに、80年代から現在に至るまで、携帯音楽プレーヤー、携帯電話、ノートPCなどの小型化に大きな貢献をしました。TDKは現在、積層インダクタ、積層セラミックコンデンサ、EMC対策部品、バリスタなどの受動部品において、幅広い積層製品を提供しています。こうした小型化技術がなければ、スマートフォンやウェアラブル機器なども機能しえなかったといえます。
* SMD化/リード線のないチップ部品であるとともに、プリント基板表面に部品をマウントするSMT(表面実装技術)に対応した部品のこと。
パソコン1人1台の時代へ「薄膜磁気ヘッド」の革新
吉田 誠
かつてコンピュータは巨大な計算機で、利用者も限られていました。しかし1990年代にHDDの大容量化が進むと、小型化・高性能化が加速し、パーソナルコンピュータが一気に普及しました。その立役者の一つが、TDKが1987年に開発した薄膜磁気ヘッドです。磁気ヘッドはデータを書き込み・読み出すHDDの主要部品であり、「薄膜」という技術は当時のTDKにとって未経験の領域でした。
挑戦は1982年に始まります。TDKは未知の技術分野である薄膜磁気ヘッドの開発に果敢に取り組みました。半導体製造のようにクリーンルームでウエハ上に薄膜を成膜し、微細加工で立体的なヘッド構造を作り上げる――極めて高度で難易度の高い作業でした。当時の苦労は現在まで語り継がれており、浅間テクノ工場の吉田誠工場長は、「成膜や微細加工の実績がほとんどない中、社員たちは手探りでノウハウを蓄積し、実験設備が足りないときは平面研削盤の砥石を回転させてHDDの動作を擬似再現するほど工夫を重ねた」と話します。
1986年には生産拠点として千曲川第二テクニカルセンター(現・浅間テクノ工場)を新設し、翌1987年に完成した薄膜磁気ヘッドは事業の中核となって、大型計算機からパーソナルコンピュータへの転換を支える革新をもたらしました。その後もTDKは薄膜磁気ヘッドで従来の常識を覆す新方式を次々と打ち出し、誰もが到達困難と見なした記録密度の壁を何度も突破しました。
TDKの磁気ヘッドは現在ではPCやノートパソコンだけでなくサーバーやデータセンターにも広く採用されています。これらの製品がなければ、写真や動画をクラウドに保存したり、どこからでもストリーミングを視聴したりするのは困難といえます。これからもTDKの磁気ヘッドは、データ記録技術の未来を切り拓いていきます。
ベンチャーの大志が生んだ「リチウムイオン電池」の革命
1999年、TDKグループの数名の従業員が一つの強い志を胸にTDKを離れました。「エネルギー問題を解決し、より良い未来をつくりたい」——その純粋な願いから、彼らはリチウムイオン電池の研究・開発と販売を行うアンプレックス・テクノロジー(ATL)を創業しました。小さな一歩は確かな勢いとなり、ATLは急速に成長を遂げていきます。
成長を続ける中で、将来のモバイルICTやEVといった長期市場での飛躍には、より大きな事業基盤とコア技術との結びつきが不可欠であると考えました。そこでATLはTDKにM&Aを求め、両者のシナジーを模索する道を選びます。交渉を進める過程で、創業者の一人が「私の夢は、中国の空をきれいにすることだ」と述べ、その言葉は単なる事業戦略を超える使命として受け止められ、当時M&A担当だったエナジーソリューションズビジネスカンパニーのCEOである指田史雄執行役員も深く感銘を受けたと振り返っています。
そのような共感と期待のもと、2005年にATLはTDKグループの一員となりました。統合後のATLはまさに躍動し、スマートフォン向けの小型リチウムイオン電池で世界トップシェアを獲得。人々の手の中にある小さな電池が、世界中のコミュニケーションと生活を大きく変えていきました。
現在、TDKのリチウムイオン電池の活躍の場はさらに広がり、蓄電システムや電動バイク、電動工具など中型電池の分野にも積極的に展開しています。創業時に抱いた大志は、その技術と信念に支えられ着実に形となり、クリーンな社会の実現へ向けて今も力強く前進しています。
未知の領域をゼロから開拓した「TMRセンサ」
2009年、HDD用磁気ヘッドの世界的生産拠点であるATF(浅間テクノ工場)は、長年培った薄膜プロセスと設備を次の事業の柱に転用する大胆な決断を下し、TMR(トンネル磁気抵抗)素子を磁気センサへ応用する挑戦に着手しました。TMRは当時ヘッド以外に製品例がなく、専用設備など前例がないゼロからの出発。わずか3名の社内ベンチャーチームが未知の領域に果敢に踏み込みました。
責任者の一人だった、磁気センサBGの酒井正則技監は振り返ります。「当時HDD全盛でしたが、将来はSSDに置き換わるという予測が出ていました。そこで今のうちにATFの技術や設備を生かして、これからのビジネスの柱となるような製品を作れないかと考えました。どうせやるのなら、いちばん難しい技術にしよう、と挑んだのがTMRセンサです」。
こうして生まれたTMRセンサは、広い温度領域で安定動作すると共に低消費電力化を両立した、画期的なセンサに。2014年に量産化し、自動車をはじめロボットやスマートフォンなど幅広い分野に展開されています。車載用では電流センサや角度センサなどで、スマートフォン用では高速オートフォーカスなどを実現する高精度センサとして貢献しています。
現在、TMRセンサは2017年に発足したセンサシステムズビジネスカンパニーを牽引する中核事業となり、センサ事業はグループ全体の売上高の8%を占めるまでに成長しています。現状の製品に満足せず、次の時代を見据えて取り組んだTDKのベンチャースピリットと技術転用の勇気が革新的成果を生み出しました。
産業や社会の形を変える、TDK Transformationの触媒となる「TDK Ventures」
Nicolas Sauvage
2019年4月、TDKは次のフロンティアにむけて、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)である 「TDK Ventures」 を設立しました。世界が直面する大きな社会課題に挑む起業家に投資することで、新たな市場や応用、先端技術について早期の洞察を得て、TDKの有機的成長につなげる道を開くことが狙いです。TDK Venturesのミッションは、外部の起業家やTDK社内のイントレプレナーによって築かれる新しいビジネスを支援し、業界を象徴する企業へと成長させることです。
このアイデアは意外なところから生まれました。買収後間もない、InvenSense社に在籍していた Nicolas Sauvage が、TDKが持つベンチャースピリットをさらに拡大できるのではと考えたのです。このようにスタートした大胆な構想は、いまでは4つのファンドで50社の投資先、運用資産総額5億ドルのプラットフォームへと成長しました。
彼は当時をこう振り返ります。「TDK Ventures を提案したとき、TDKは私に“まったく新しいものをつくる”ことを託してくれました。それはCVCの概念を再定義する挑戦でした。私はこれまで、より良い未来を思い描き、実現に向けて努力する起業家とともに価値を生み出すキャリアを歩んできました。TDK Ventures は、その精神をTDKにもたらし、ブレークスルーを追い求める起業家やイントレプレナーをサポートするエンジンとなったのです」。
現在、TDK Ventures は TDKと起業家の「橋渡し役」であり、スタートアップの可能性をひらく「触媒」 としての役割を担っています。スタートアップと大企業、それぞれ単独では成し得ない未来に向けて、TDK Venturesは90年続くTDKのベンチャースピリットをさらに進化させ、新たなアイデアを育み、挑戦する人々を支えています。
創業者・齋藤憲三の思いを受け継いだTDKの社是が『創造によって文化、産業に貢献する』です。この社是のもと、TDKは今日まで革新的なテクノロジーや製品を世の中に提供しています。その原動力が、幾多の困難に打ち勝つベンチャースピリットです。これからもTDKは開拓の志を持って、挑戦を続けていきます。
