

【Sustainability and TDK】
未電化地域にエネルギーを届けるために。燃料電池技術の進化に挑む


SDGsのひとつである「7:エネルギーをみんなに。そしてクリーンに」が示すとおり、世界には電力網が普及していない地域は数多くあり、未電化は地域の経済成長を阻む大きな問題となっています。TDKグループのコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)であるTDK Venturesが出資する、イスラエルのスタートアップ企業GenCellでは、水素とアンモニアを活用した燃料電池*1の開発を通じて、未電化地域にクリーンなエネルギーを届けるソリューションに取り組んでいます。

未電化は、発展途上国の成長を阻む大きな問題
国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)によると、2019年時点で、7億5000万人以上が電気にアクセスできない状態にあります。発送電網が未整備な地域では、人々が照明や通信、医療、教育などの機会が失われ、経済成長を阻む大きな問題となっています。未電化地域での電力供給には、おもに化石燃料を燃やすディーゼル発電機が利用されており、CO2排出による環境への影響も懸念されています。

イスラエルの燃料電池スタートアップ企業であるGenCellは、「#Say No To Diesel」をミッションに掲げ、未電化地域にクリーンエネルギーを提供することをめざして燃料電池の開発を行っています。CEOのRami Reshef氏は次のように語ります。「現在、農村部を中心に、全世界で約120万を超える通信用基地局が、電力グリッド(送電網)が不十分な場所にあり、その多くがディーゼル発電機によって稼働していると言われています。そのような地域にGenCellがエミッションフリー*2の電力を届けることで、地域の発展を支えると同時に、脱炭素化を進めることを目指しています」。
低コストの燃料電池の開発に挑む

CEO, GenCell Ltd.
水素を反応させて電力を作る燃料電池は、メンテナンスが簡単で、温暖化ガスを排出しないクリーンなエネルギーとして注目されています。しかし、その普及のためには2つの課題を解決する必要があると言われています。
1つめは、燃料電池の製造コストが高いことです。これは、一般的な燃料電池では、化学反応を促進するための触媒に、プラチナなどの高価な金属が使われているからです。2つめの課題は、水素の貯蔵・運用コストが高いことです。水素ガスは軽く体積が大きいため、輸送するためには圧縮またはマイナス253℃まで極低温冷却して液化しなければならず、膨大なエネルギーとコストが必要となります。実際に、水素を利用するための費用の大半は、インフラと輸送に関わるものです。
それらの課題に対して、GenCellでは特許技術によって、プラチナを使用しない燃料電池の開発に成功しました。また、貴金属を使用しない電極を大量生産するためのプロセスを開発し、燃料電池を低コストで製造するための道筋をつけました。さらに、液体アンモニア*3から従来の約10倍もの効率で水素を取り出す、小型の脱水素装置を開発。これにより、純粋な水素に比べて入手しやすく、貯蔵・運搬がはるかに容易で経済的なアンモニアの状態で水素を貯めて運ぶことできるため、運用コストを抑えることができました。
「アンモニアから水素を低コストで取り出す技術を開発したことで、10年後まで不可能とされてきたレベルまで水素燃料の利用コストを下げることに成功しました。私たちは、燃料電池の普及を妨げる2つの壁を打ち破ったのです」(Reshef氏)。
“Say No To Diesel 私たちの技術で、エミッションフリーの電力を届けたい”
Rami Rashef, CEO, Gencell Ltd.

グリーンアンモニアでさらにクリーンな電力へ
さらにGenCell社では、再生可能エネルギーを利用することで、合成過程でCO2を排出しないアンモニア(グリーンアンモニア)を、低コストで生産する技術の開発にも取り組んでいます。この技術が完成すれば、既存の電力インフラに依存することなくグリーンアンモニアをオンサイトで生産し、燃料電池に必要な水素を作り出すという、すべてがクリーンな電力ソリューションを提供できます。
「グリーンアンモニアを活用した電力システムは、頑丈で信頼性が高く、メンテナンスの手間がかからずエミッションフリーの電力を利用できるようになります。12トンのアンモニアタンクひとつあれば、移動通信の基地局を24時間 365日運転できるだけの電力を供給できるのです。電気の通わない未電化地域の人々にクリーンエネルギーを届けることで、最終的には教育、医療、経済、安全といったさまざまな課題の解決に貢献できると、私は信じています」(Reshef氏)。
TDKは「創造によって文化、産業に貢献する」という社是のもと、技術を通じてより良い世界を作ることを目指して事業に取り組んでいます。TDKの技術開発を加速し、成長戦略を強化するために設立したTDK Venturesでは、今記事で紹介したGenCellをはじめ、エネルギーやヘルステック、モビリティなどの分野でイノベーションを起こし、社会に貢献する可能性を秘めた世界中のスタートアップ企業に対する支援を行っています。詳しくはTDK VenturesのWebサイトをご覧ください。
アンモニアを活用したオフグリッド燃料電池システム

用語解説
- 燃料電池:水素を燃料として空気中の酸素を反応させて電気を発生する装置。排出されるのは水だけのクリーンなエネルギーとして注目をあつめている。
- エミッションフリー:CO2や窒素酸化物(NOx)など、気候変動を引き起こしてさまざまな影響を与える温室効果ガスの排出を少なくすること。
- アンモニア:アンモニアは高効率でエネルギーを貯蔵でき、常温で液体のまま保存可能などのメリットがある。さらに、基礎化学品や肥料原料として大量生産されているため、アンモニアを運搬したり、貯蔵したりする設備やノウハウはすでに数多くある。
