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[第1回 野球&HDD用ヘッド] 空気力学からみた「飛び」の技

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

剛速球の大変化球というのはない

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での初代王座獲得、夏の甲子園での新たなヒーローたちの登場、大詰めのプロ野球やメジャーリーグと、今年の野球界は大きな盛り上がりをみせている。 

野球の守備の8割はピッチャーが担うともいわれる。WBC決勝戦で強豪キューバを10対6で封じ込めたのも、時速150kmを超える速球で力投した松坂大輔投手に負うところが大きい。とはいえ球速は速ければよいというわけでもない。相手の目が慣れてくるとタイミングが合うようになり、ジャストミートされればホームランとなる。速球と変化球とを織り交ぜるというのは、打者を幻惑させるためのピッチングの基本。松坂投手も速球オンリーではなく、鋭く曲がるスライダーをもつのが持ち味だ。もしカーブやシュート、スライダー、フォークボールといった変化球を時速150km超のスピードで投げる投手がいたら、どんな大打者もバットが空を切るだけだろう。しかし、剛速球にして大きく曲がる変化球というのは空気力学的にありえない。ここにも野球の面白さがある。

野球ボールはなぜ変化する?

変化球の原因は次のように説明されている。回転するボールでは、空気の流れが密になる側と、疎になる側ができる。この空気の流れの非対称が圧力差となり、ボールの進行方向をそらす揚力が生まれる(ベルヌーイの定理)。しかし、そればかりではない。変化球にはボール背後にできる空気の乱流も関与する。乱流というのは小さな渦の集まりで周囲より圧力は低く、投げられたボールにブレーキをかける。フォークボールやナックルボールはボールに回転を与えず、押し出すように投げる変化球だ。スピードは遅くゆらゆらと揺れながら打者手前でストンと落ちる。回転を与えると背後の乱流はボール進行方向からずれるため、カーブやシュートになったりする。こうした曲げる力はマグナス力と呼ばれる。面白いことにボールに働くマグナス力は、140〜150kmの速球よりも、100km前後のほうが大きい。また、ボールの縫い目も乱流の発生ぐあいを微妙に変えるため、さまざまな変化球やクセ球が生まれるのだ。  

ボールにとって空気抵抗は必ずしもやっかいな存在ではなく、乱流をむしろ積極的に利用している。野球ボールの縫い目をなくして表面を滑らかにすると、それほど遠くまで投げることも打つこともできない。

回転する球体の片側は、空気の流速が速く(流線は密、圧力小)なり、別の片側の空気の流速は遅く(流線は疎、圧力大)なる(ベルヌーイの定理)。この圧力差が揚力となり、ボールの進行方向を曲げる原因の1つとなる。

野球の変化球には、ボールの後部に生まれる乱流が大きく関係する。回転するボールでは、乱流の位置は進行方向に対して斜めになる。乱流側は圧力が低いので、ボールの進行方向を曲げる力(マグナス力)が生まれる。

空中を飛行するHDDの磁気ヘッド

HDDの磁気ヘッドも空気力学や揚力と深い関係がある。磁気ヘッドの記録再生素子はウエハ上に薄膜素子として多数形成される。これを切断・加工して1〜2mm角のチップとしたものをスライダといい(図A)、スライダをHGA(ヘッド・ジンバル・アセンブリ)に取り付けたものが製品としての磁気ヘッドである。記録再生素子はスライダの端に位置し、高速回転するディスクとわずかな浮上量(スペーシング)を保ちながら読み書きを実行する(図B)。記録密度の向上とともに、この浮上量は年々狭くなっており、最近の磁気ヘッドでは約10nm(ナノメートル)にまでなっている。たとえていえば、これはジャンボジェット機が滑走路上わずか1mm未満の高さで高速飛行することに相当する。重さ数百トンのジャンボジェット機が空を飛べるのも、翼が空気から揚力を得ているからだが、HDDの磁気ヘッドでも狭い浮上量を保つために空気の揚力が利用されている。  

スライダの片側が斜めにカットされているのは、ディスク回転に伴う空気の流れをスライダ底面にスムーズに送り込むためだ。また、スライダの底面には空力特性を高めるために溝が彫られ、スライダの浮上量の安定化や位置決め精度の向上が図られている(図C)。航空機の翼の役割も兼ねたスライダは、こうしてディスク面スレスレの空中飛行を実現しているのだ。

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