テクのサロン

7. 先進国同士がナノテクノロジーを追究 ユビキタス社会に向けて事業化競争に

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

部分的には実現し始めているユビキタス社会。"どこでも情報を発信・受信できる"というユビキタス社会の目標は実に分かりやすく、だれもが欲しがる機能である。ところが、どこでも情報を発信・受信できるという機能を実現する情報通信システムや携帯情報端末などの未来像となると、さまざまなアイデアが提唱され、その仕組み・機構を巡って激しい競争を繰り広げている。いずれも、高性能、超小型で消費電力が小さいなどの高い技術的なハードルをどのように超えるか激しく争っている。

■ 機構・仕組みが不連続に進化する時代に

ユビキタス社会の本格的な実現に向けて、技術開発競争は激しくなる一方だ。その理由を探る前に、技術開発競争によって機構・仕組みが一変した例を見てみよう。  

その典型例は、出先で音楽を手軽に楽しめる「携帯音楽プレーヤー」だ。1979年に登場した初代の携帯音楽プレーヤーはカセットテープに音楽を記録する小型テープレコーダーだった。続いて、音楽CD(コンパクト・ディスク)を聴くタイプが登場し、MD(「ミニディスク」、小型光磁気ディスク)に音楽を記録するタイプが現れた。  

カセットテープからMDまでの記録メディアは、記録・再生という可動部の機構を持っていた。これを覆したのが、"デジタル・オーディオ・プレーヤー"と呼ばれるフラッシュメモリーを採用したタイプ。可動部がなく、小型・軽量を実現した。その一方で、超小型HDDを用いる"デジタル・オーディオ・プレーヤー"も登場し、以前とは異なる可動部の機構を持つ携帯音楽プレーヤーとして普及し始めた。携帯音楽プレーヤーは機構・仕組みの面で戦国時代を迎えたのである。  

これらの製品の特徴は、機構・仕組みが不連続に進化する点にある。この結果、製造技術などの設計や製造におけるノウハウの蓄積が生かせない部分が増えるという、製造業にとっては大きな試練を迎えている。モノづくりの伝統を生かせないという点では、日本の製造業のメーカーは大きなリスクを背負う。  

ナノテクノロジーの研究開発でも、さまざまなアイデアが提唱され、その仕組み・機構を巡って激しい競争を繰り広げているだけに、予想もつかない不連続な進化をとげると考えられている。

■ 巨大なユビキタス市場目指す争い激化

ナノテクノロジーの研究開発で技術競争が激しくなっている理由は、ユビキタス社会の技術基盤は世界各国に共通する基盤となるため、巨大な市場ができると考えられているからだ。ユビキタス社会の技術基盤に不可欠な製品を実用化した企業グループは、巨額の事業収益を上げる可能性が高い。パソコンの中核技術として現在、米国のインテル社がCPU(中央演算処理装置)の、米国のマイクロソフト社がOS(基本ソフトウエア)の市場の覇権をつかんでいるのと同じような事業戦略を夢見る企業は少なくない。  

日本のナノテクノロジー分野では、多種多様なテーマの研究開発が進んでいる。この中で、ナノメートルレベルと微少な究極のナノテクノロジーは量子効果を狙ったものといえる。その代表格は「量子ドット」「フォトニックス結晶」のテーマである。極限的に小さいことから、電子の「粒子」と「波動」という両面性を示す量子効果を巧みに用いる分野であるからだ。

■ 革新的な光デバイスをつくる量子ドット

量子ドットは、幅が10nm(1nm=10−9m)と極限的に小さい「箱」を意味する。この量子ドットの中に電子を入れると、電子の運動が自由度0と動けなくなり、従来の電子(自由度3)とはまったく異なる振る舞いをする。簡単に言えば、電子1個ずつを制御できるようになるのである。  

この結果、例えば量子ドットをレーザー光の発振源に利用すると、高効率で発光する。量子ドットレーザーは、安定的で低消費電力、高効率といった理想的な性能を発揮する。特に、発振する周波数の安定性に優れているため、周波数を光から光へと「直接変調」できる。現在のように、レーザー光を別の周波数変調器によって変調することが不要になるため、次世代の光情報通信システムを革新する基盤技術になると言われている。このように、優れた性質を持つ量子ドットを用いると、レーザー(光源)や光変調器、光中継器、波長変換器などの一連の次世代光デバイスが実現し、近未来の情報通信システムを支えることになる。  

光デバイスに量子ドットを用いるには、つくり方が重要になる。現在、量子ドットは有機金属気相成長法(MOCVD)や分子線エピタキシー法(MBE)という方法によって自己組織化などを利用してつくっている。量子ドットを「箱」と表現したが、現実には直径が10nm程度の半球状の微小領域となる。  

この量子ドットによって、光子を1個ずつ発生させることができる「単一光子光源」実現の可能性が出てきた。この結果、量子コンピュータや量子トランスポーテーションという、従来は夢と考えられていた技術を実現する道がみえてきた。この点で、量子ドットは未来の暗号通信を実現するキーデバイスとしても注目を集めている。大容量データを発信・受信する未来のユビキタス社会では、セキュリティーをどう保証するかがカギになる。これを実現する要の技術が、量子ドットを用いる未来の暗号技術となる。簡単に言えば、絶対解けない暗号を実現させる技術である。

■ フォトニック結晶も多様な可能性を提示

図1●フォトニック結晶。光学材料の中に微細な円柱状の穴を多数つくる。光学結晶の屈折率が周期的に変化する。こうした周期構造の中に一部に穴が無いなどの構造を乱す部分をつくると光子を制御できるようになる。実はこのフォトニック結晶の中に量子ドットが多数埋め込まれている〔写真は、東京大学ナノエレクトロニクス連携研究センター(荒川泰彦センター長・教授)提供〕

量子ドットと同様に、フォトニック結晶の開発にも多くの研究者が取り組んでいる。レーザーなどの次世代光情報通信システムのキーデバイスとなる可能性が高まっているからである。量子ドットが光を高効率で増幅するのに対して、フォトニック結晶は物質と光の相互作用によって光を制御するもので、光情報通信システム向けに光を分けたり、まとめたり、遮断したり、オンオフしたりするなどの光回路を実現する。  

フォトニック結晶は、屈折率を光の波長程度の微小な幅で周期的に変化させたものの一部を意図的に乱した構造を取り込んだものである(図1)。簡単に言うと、光学材料に微小な円柱状の穴(直径数10nm)を周期的に開け、その一部に、穴が無い構造をつくるものである。穴の部分には一般に空気が入るため光学材料の中に屈折率が異なる領域を周期的に埋め込んだものができあがる。こうした周期構造の中に穴が無い部分があると、例えば光を共振するように働き、レーザーとなる。  

次世代光デバイス開発のカギをにぎる量子ドットとフォトニック結晶の融合も既に始まっている。実は、図1に示したフォトニック結晶の中には、量子ドットが多数埋め込まれている。フォトニック結晶と量子ドットの融合によって電子と光子を制御し、高効率な単一光子光源を目指す研究開発が精力的に進められている。

■ ナノテクノロジーの多種多様なアイデアを融合

図2●量子ドットとフォトニック結晶、MEMSの3者を組み合わせた高性能な光デバイスの試作例。「橋」の部分が動くMEMSになっている〔写真は、東京大学ナノエレクトロニクス連携研究センター (荒川泰彦センター長・教授)提供〕

究極では1nm単位を操作するナノテクノロジーの研究開発では、多種多様なアイデアに基づくテーマが互いにしのぎを削る。その一方、同時並行で進んでいる研究開発テーマ同士を融合させて、一層高度なテーマに挑戦することも盛んになっている。こうした融合による先端的な事例を見てみよう。  

ナノテクノロジーの研究開発における主要テーマの一つにMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)と呼ばれるマイクロマシンがある。MEMSとは、文字通り、微小な半導体構造の中に機械的な構造を取り込んだ高性能デバイスである。現在、MEMSは加速度センサーや表示素子の一部で実用化され始めている。  

東京大学生産技術研究所・先端科学技術研究センターに設けられたナノエレクトロニクス連携研究センターは、量子ドットとフォトニック結晶、MEMSの3種類の要素技術を融合させた光学デバイスを試作し、光子を機械的に制御する道を切り開いた(図2)。さまざまなアイデアを基に、神業(かみわざ)のような技術で原子・分子レベルの構造や仕組みを実用化しようとしている代表例である。

量子ドットとフォトニック結晶、MEMSの3者を組み合わせた高性能な光デバイスの試作例 図2●量子ドットとフォトニック結晶、MEMSの3者を組み合わせた高性能な光デバイスの試作例。「橋」の部分が動くMEMSになっている〔写真は、東京大学ナノエレクトロニクス連携研究センター (荒川泰彦センター長・教授)提供〕  ユビキタス社会に向けた技術開発競争が激しくなる中で、ナノテクノロジーの優れた要素技術同士を融合することで、革新的な高性能化や従来ではできなかったことを可能にする研究開発が盛んになっていくだろう。

(丸山 正明=東海大学大学院非常勤講師・日経BP社編集委員)

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