テクのサロン

3. 磁気記録の密度限界に挑戦続く

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

現代ほど最先端が身近にある社会はない。先端技術はまず身の回りの生活の中で磨かれる。ハードディスクのナノ宇宙はまずあなたの机の上で試されるのだ。こう考えれば毎日の生活になんとなく躍動感が生まれてくる。そして今日も記録密度への挑戦が続く。限界への挑戦は、限りなく“ナノ”に近づく。

■ 記録密度の限界に挑戦、夢のテラバイトを目指して

10年前には夢だと思われたギガバイトの壁を軽く突破したハードディスクは、すでにテラバイトを完全に視野に入れた。マルチメディア・データが情報の大半を占めるブロードバンド時代を迎えて、大容量記憶装置への期待はさらに高まる。  

MRヘッドがハードディスク(HDD)で実用化されて既に9年、GMR技術が開発されてからも5年ほど経つが、まだその勢いは止まっていない。今後も記憶容量の倍々ゲームを競うように新たな技術的改良が加えられている。現在のハードディスクは1枚のディスクに80ギガバイトの情報を記録する。3枚のディスクを内蔵したHDDの記憶容量は240ギガバイトに達する。1年でほぼ2倍のペースで伸びるとすると、3〜4年後にはテラバイト級のHDDがデスクトップに出現することになる。現状では大規模なサーバー・マシンにしか搭載されていないような記憶容量が、弁当箱よりも小さなサイズに収まることを意味する。

■ とどまることを知らない大容量化

CPP-TMRのトンネル電流。従来型GMRと異なり電流の向きが膜と垂直になる

これを達成するためにHDDの分野では熾烈な技術開発競争が展開されている。テラバイトを実現する有力技術として現在注目を集めているのがCPP-TMRとCPP-スピンバルブGMRという磁気ヘッドである。CPP-TMRは80ギガビット/平方インチ以上、CPP-スピンバルブGMRは200ギガビット/平方インチ以上を担う技術と考えられている。これらの磁気ヘッドが実用化されれば、それは確実にテラバイト時代の到来を意味する。その一方で、ディスク・メディアの改良も急ピッチで進む。HDDにとってヘッドとメディアは車の両輪を成す。現在のままではメディアの密度限界も見えており、それに対しては垂直磁気記録という技術が控えている。これらの技術にはさらに微細な加工技術やその他の技術的難関が待ち構えている。 CPP-TMRの特徴 CPP-TMRのトンネル電流。従来型GMRと異なり電流の向きが膜と垂直になる  

TDKが力を注ぐCPP-TMRは量子力学のトンネル効果を利用したGMR。今後数年の間、HDD用磁気ヘッドの主流を占めると考えられている。これまでのGMRと違ってTMRは、多層薄膜成膜技術によって形成したスピンバルブ膜と似た構造のトンネル接合膜に垂直な向きに流れるトンネル電流による電圧を検出してビット情報を読み取る。通常のGMRヘッドに比べてMR比(磁気抵抗比)が高いため、ディスク媒体からの小さな漏れ磁界を検出して高い信号電圧を出力できるのでディスクの記録密度を高められる。CPP-TMRの次と目されているCPP-スピンバルブGMRは、CPP-TMRと同様にスピンバルブ膜に垂直に電流を流す。CPP-TMRは原理的に電気抵抗が大きく、更なる高密度ヘッドのサイズになると回路抵抗としてのヘッド抵抗値が大きくなり過ぎてしまう。これに対してCPP-スピンバルブGMRは抵抗が小さいため、ごく微細な寸法が要求される超高記録密度でその力を発揮する。逆にCPP-TMRが得意とする記録密度では抵抗が小さすぎて磁界検出の信号電圧が小さくなってしまう。

このため実用化開発はCPP-TMRの方が進んでいる。CPP-スピンバルブ型GMRはまだ学会の研究発表にとどまっているが、実用化に向けて各社が懸命の開発を行っている。

■ ディスク上10ナノメートルを滑空する磁気ヘッド

ヘッドを浮上させる空気分子のバネ

HDDの大容量化に伴って磁気ヘッドのコントロールにもアクロバット的な精密技術が必要になる。記録密度が高まるということは、1ビットの記録に要するディスク面積が微小になることを意味する。微小な領域を読み書きするためには、ヘッドを極限にまでディスク面に近づけなければならない。現状でもヘッドとメディアの距離は10ナノメートルに達している。髪の毛の直径を0.1ミリメートルとすると、10ナノメートルは実にその1万分の1の距離だ。現実的な感覚では、これは“浮上”というより“密着”に近い。ヘッドをジェット機にたとえると、ディスク面上の1ミリメートルを飛行している勘定になる。今後はさらに接近させる必要がでてくる。  

10ナノメートルの浮上距離を維持するためには、空気膜のバネを利用しなければならない。このレベルのナノスケールでは、空気を単純な“流体”として取り扱うことができない。空気分子の運動自体が問題になるレベルなのである。  

実際の磁気ヘッド素子はスライダーと呼ばれるセラミックス基板の後端に搭載されている。スライダーとディスク媒体の対向部に形成された溝により、この対向面(ABS:Air Bearing Surface)とディスクとの間の空気膜に、スライダーをディスクから離そうする力(正圧)と近づけようする力(負圧)を生じさせる。この正圧と負圧、ならびにサスペンションの負荷荷重とのバランスにより一定の間隔が保たれる。これはABSとディスクとの間に空気バネがあるように見なせる。つまりミクロに見ると、高速で走行するスライダーとディスク面の間の空気分子がバネとなって、一定の間隔を保っていることになる。言葉で説明するのは簡単だが、これを10ナノメートルの距離で均衡させるには、ヘッド・ジンバルを構成する各部品を精密な精度で加工し、組み立てる必要がある。ヘッド・ジンバル・アセンブリーも超精密な機械部品なのだ。  

“ナノの塊”とも言うべきHDDの利用範囲は、大容量化に伴ってビデオ・レコーダーや携帯電話、PDA、カーナビにも広がろうとしている。HDDの記録密度に対する要求はますます高まる。ナノテクの役割もさらに重要性を増すことは確実だ。

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