じしゃく忍法帳

第29回「テープレコーダの磁気ヘッドと磁性粉」の巻

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

硬軟磁性体コンビによる磁気記録

エジソン録音機とテープレコーダ

推理小説ではよくテープレコーダが登場します。アリバイづくりや、捜査の撹乱 、盗聴用など、作家は実にさまざまな用途を考え出します。

テープレコーダがなかった時代の忍者も、似たような手口で敵を惑わしたり、逃 げ道を確保したりしました。物音を立てるしかけをつくって、周囲に仲間がいるよ うに錯覚させたり、敵の気をそらしたりするのは、マジックの基本であるミスディ レクション(裏をかくこと)の手法です。

「私語の術」と呼ばれる忍法もあります。これはニセ情報を交えた独り言を、わ ざと敵に聞こえるようにしゃべったり、声色を使い分けて複数の仲間がいると思わ せる忍法です。一人芝居を打てるような役者的才能も忍者には必要だったのです。

初のテープレコーダが開発されたのは、1930年代初めのドイツです。ほどなく第 二次世界大戦が勃発し、戦後はイギリスやアメリカに技術移転され、民生用テープ レコーダが世界中に普及することになりました。

しかし、磁気録音そのものの歴史は、19世紀末にまでさかのぼり、さらに録音の ルーツを探れば、エジソンの録音機にまでたどりつきます。

初の録音機は、1877年、アメリカのエジソンによって発明された手回し式の録音 機です。これはスズ箔を巻いた円筒を手回しで回転させ、音声の空気振動を針先に 伝えて、スズ箔に溝を刻みつけるという仕組みです。刻まれた溝の凹凸を針先がな ぞると、その振動が音声として再生されます。円筒を円盤としたのがレコード盤で す。レコード盤によって録音内容の大量コピーも可能になりました。このことから 分かるように、当初の録音再生機は機械的なもので、電気製品ではありませんでし た。

ブレイクスルーはテープとヘッドの開発

磁気録音というのは、電磁誘導を利用したもので、エジソンの機械式録音機とは 似て非なる原理によるものです。

電磁誘導によって磁性体に音声信号を記録し、その記録から音声信号が再生でき るというアイデアは1880年代に生まれました。鋼線を磁気記録媒体として、初の磁 気録音再生機を開発したのはデンマークのポールセンです(1898年)。これはピン と張った鋼線に、電磁石を滑らせる仕組みの装置で、電磁石に信号電流を流しなが ら滑らせると、鋼線が磁化されて音声信号のパターンが記録されます。

しかし、当時、磁気録音は一部の専門家が関心を示していただけでした。ポール センの方式では、装置が大型になるうえ長時間録音もできず、とても実用向きでは なかったのです。

20世紀の最初の四半世紀は、磁気録音の可能性の開拓が、細々と続けられていた 時代でした。そのブレイクスルーとなったのは、1930年前後のドイツにおける磁気 テープとリング形磁気ヘッドの開発です。

磁気テープはベースフィルム(当初は紙、のちにプラスチック)の上に、酸化鉄 の磁性粉を塗布することで製造されました。一方のリング形ヘッドというのは、コ イルを巻いたドーナツ状の鉄製リングの一箇所にギャップを設けた一種の電磁石で す。ギャップを狭くすることで、強力な磁界が得られます。

電磁石である磁気ヘッドに信号電流を流して、磁気テープをなぞると、塗布され た磁性粉の磁極が信号電流に応じて次々と反転し磁化されていきます。

図1 磁気記録の原理

不思議で面白い強磁性体の性質

19世紀末から20世紀初頭にかけては、強磁性体の科学、そして磁石の科学が著し く前進した時代です。また、世界的にラジオ放送が開始され、レコード文化が開花 した時代でもあります。こうした技術・文化背景の中で、時代の申し子として開発 されたのがテープレコーダでした。

しかし、テープレコーダによる録音再生の原理というのは、今日でも一部の技術 者を除いてよく理解されていないところがあります。

テープレコーダの心臓は磁気ヘッドであり、磁気テープはそこに流れる血液です 。その原理を理解するには、何よりも強磁性体そのものの磁気的性質を知る必要が あります。

一般に磁石に吸いつく物質を強磁性体といいますが、磁気ヘッドと磁気テープに は、異なるタイプの強磁性体が用いられます。ここが磁気録 性体が用いられます。ここが磁気録 音を理解するためのポイントです。少し専門的になりますが、磁気ヘッドのコアに は軟磁性材料、磁性粉には特殊な硬磁性材料が使われます。

軟磁性材料とは、コイルを巻いてそれに電流を流すと一時磁石となり、電流を切 ればただの鉄に戻るという性質をもつ磁性材料のこと。軟鉄やトランスコアに用い られる電磁鋼などは、代表的な軟磁性材料です。

一方、硬磁性材料というのは、コイルに電流を流すと永久磁石となる磁性材料で す。通常の鋼は硬磁性材料で、永久磁石材料となる磁石鋼には、とくにすぐれた硬磁性材料が求められます。

磁気テープに塗布される磁性粉もまた、広い意味での硬磁性材料に属しますが、 一時磁石と永久磁石の中間の“半磁石”ともいうべき性質をもつ磁性材料です。
 

図2 磁性材料の磁化の違い

磁気テープの磁性粉は酸化鉄のミニ磁石

磁気テープの磁性粉としては、マグネタイト(Fe3O4)やマグヘマイト(γ -Fe2O3)の結晶粒子を針状に成長させたものが使用されます。

未使用テープに塗布された磁性粉はまだ磁化されていない微細な棒磁石です。こ こに磁気ヘッドの磁界が加わると、磁石としての性質に目覚めて磁化されます。

磁性粉は半磁石として磁化を保持するので、記録された情報は何度でも再生でき ます。しかし、磁性粉は永久磁石ほどガンコな性質をもたないので、新たな磁界が 加えられたときは、容易に磁化の向きを変えます。使用したテープを再利用できる のもこのためです。

こうした磁化過程をグラフで表すと、独特のS字ループを描くヒステリシスカー ブ(磁気履歴曲線)となります。磁気ヘッドの磁界が加わると、磁性粉は磁化され て磁気飽和状態にまで達します。しかし、いったん磁石としての性質に目覚めたあ とは、逆向きの磁界を加えても未磁化状態(グラフの原点)には戻らないので、S 字ループを描くことになります。

エレクトロニクスの黎明期であった19世紀末に、初めて登場した磁気録音という のは、当時の第一線の科学者・技術者にも、まるで忍法を見るかのような不思議な 物理現象でした。それから1世紀を経て、テープレコーダが珍しい存在でなくなっ た今日では、この不思議さ・面白さがあまり顧みられなくなりました。これは料理 でいうなら、最もおいしい部分を食べ残しているようなもので、実にもったいない 話なのかもしれません。

図3 強磁性体のタイプとヒステリシスカーブ

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