じしゃく忍法帳

第5回「電子レンジのマグネトロン」の巻

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

磁石を操り電波を生む術

多忙な現代社会の頼もしい調理機器

皇居の西側、内堀通りに面したところに、地下鉄の駅名にもなっている半蔵門があります。徳川家康の家臣の服部半蔵(はっとりはんぞう)の屋敷が近くにあったことがその名の由来。この服部半蔵は江戸幕府に仕えた伊賀流忍者の頭領であったことでも有名です。

忍者の里で知られる伊賀は、現在の三重県上野市の一帯。このあたりは薬草の産地にもなっていて、その昔、薬の行商人を装った忍者が、諸国を渡り歩いては情報を収集したとも伝えられています。

薬は隠密活動をする忍者自身にとっても必携品でした。家屋敷の床下や天井裏に幾日も隠れ潜むという場合、下痢や腹痛などを起こしては大変です。空腹にもじっと耐え忍ばねばならず、モチゴメを蒸して乾燥させたホシイイ(干し飯)は、忍者の非常食として携帯されていたようです。

ホシイイは軽くて日もちするのでとても便利ですが、古書に多食は禁物と戒められています。腹の中に入ると著しく膨張してしまい、機敏な運動ができなくなってしまうからです。どうやら食いしん坊は忍者には向いていないようです。

ホシイイと同様のさまざまなドライフーズが、インスタント食品として市販されています。軽くかさ張らないので登山やキャンプ用品として重宝がられますが、日常の食生活で活用している人もいます。水を加えて電子レンジでチンするだけで、けっこうおいしく味わえるものもあります。ドライフーズが味気ないというグルメ派には、レトルト食品がおすすめ。さまざまな高級レストランの料理が、電子レンジで温めるだけで手軽に賞味できます。

そのほか、冷凍食品の解凍、お酒の燗、しけたセンベイ類をパリパリに戻すなど、台所で多種多様な活躍をしているのが電子レンジ。多忙な現代人とりわけシングルライフの都会人にとっては、今や必要不可欠の調理機器となっています。

電波で水分子を摩擦する電子レンジの誘電加熱

ところで、電子レンジというのは、レーダ技術の転用から生まれたということをごぞんじでしょうか? 電熱器を併用したオーブンレンジという製品もありますが、電子レンジの加熱方式は、電熱器とは全く異なるタイプのものです。

レーダに使われるマイクロ波は、中波や短波よりもさらに波長の短い電波で、物体に照射すると原子や分子が振動して発熱します。これは「誘電加熱」と呼ばれます。

理科の静電気の実験を思い出してみましょう。エボナイト棒(あるいはガラス棒)をこすって物体に近づけると、静電気が発生して物体表面にはプラス(あるいはマイナス)の電荷が誘起されます。ここでエボナイト棒とガラス棒を交互に近づけると、物体内部の原子や分子は、そのたびに正反対に分極することになります。そうなると原子や分子は、ちょうどおしくらまんじゅう遊びをするかのように摩擦を起こします。

電子レンジではエボナイト棒やガラス棒のかわりに、電磁場の振動である電波によって、食品中の水分子の摩擦現象を引き起こして発熱させているのです。

電波による誘電加熱では、誘電率が高い物質ほど発熱しやすくなります。誘電率とは電場の中に置かれた誘電体(絶縁体のこと)の分極の起こりやすさのことです。水の誘電率は空気の約80倍、陶磁器の10数倍もあります。このため、電子レンジでは空気や皿は熱くならず、食品だけを加熱することができるのです。水分子の摩擦によって加熱するわけですから、焦げつくようなこともありません。

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磁石の磁場を利用して飛び出す電子を周回させる

アメリカで世界初の電子レンジが登場したのは1955年、日本では1961年に国産第1号が開発されました。しかし、当時の電子レンジは、きわめて重くかつ大型のもので、とても家庭用として普及しそうなものではありませんでした。

電子レンジの心臓部ともいえるのは、「マグネトロン」と呼ばれる一種の真空管です。そして、電子レンジの軽量化・コンパクト化に大きく貢献したのはフェライト磁石です。

ここで、マグネトロンの原理と構造を簡単に説明してみましょう。真空管において、陰極のフィラメントに電気を流すと、熱せられたフィラメントからは、陽極のほうに電子が飛び出します。この電子の流れに磁場をかけると、粒子である電子にはローレンツ力という力が作用して、その軌道が曲げられてしまいます。テレビのブラウン管はネック部の電子銃から放射された電子を、磁場によって巧みに軌道を変え、蛍光体に衝突させて画像を得ています。

真空管のもとになった二極真空管を発明したのは、「フレミングの法則」で知られるイギリスのフレミング(1904年)。この二極真空管を利用して、マイクロ波発振用のマグネトロンを開発したのはアメリカのハルです(1921年)。

ハル考案によるマグネトロンは、陽極は円筒形になっていて、中心軸には線状の陰極が設けられています。ここまでは真空管とさして変わりませんが、中心軸方向に磁界を加えることによって、真空管はマイクロ波を発生するマグネトロンへと変身します。

中心軸の陰極から飛び出して、円筒状の陽極に向かう電子には、加えられた磁界によってローレンツ力がはたらき、陽極には届かず円筒内で振動しながらグルグルと周回してしまいます。この電子の振動と電界の周期的変化のタイミングをうまく合わせると、出力アンテナからマイクロ波を発生させることができます。1928年、大阪大学の岡部金次郎は円筒形の陽極を分割することで、より強いマイクロ波を発生できることを発見しました。これが現在の分割型マグネトロンの始まりです。

マグネトロンの構造と電極電子レンジのマグネトロン

 

電子レンジの軽量化にフェライト磁石が貢献

食品を加熱させるほどの強いマイクロ波を発生させるには、数千ボルトの直流高電圧が必要で、そのための高電圧トランスは当然ながらズシリと重く、マグネトロンもまたかなりの重さ容積を占めてしまいます。しかし、まさに電子レンジの開発と軌を一にするかのように、フェライト磁石も飛躍的な発展を遂げました。当初はマグネトロンを動作させるのに、3000ボルト以上も必要だった直流電圧は、新世代のフェライト磁石の採用により、いっきに約1000ボルトも低くすることができるようになり、電子レンジの性能や使い勝手、コストダウンに多大な貢献をすることになったのです。

今日のように電子レンジが広く家庭にまで普及したのは、大きな磁気エネルギーをもちながら、軽く安価でかつ自由な成型が可能なフェライト磁石あらばこそなのです。

ところで、電子レンジに使われるマイクロ波の周波数は国際的に2450メガヘルツと定められています。これは食品を加熱させる水分子の振動が、2450メガヘルツ付近で熱効率よく起きることのほかに、もう1つの重大な理由があります。電波というのはかぎられた資源であり、とくにマイクロ波帯は通信に多用されて過密状態。電子レンジの周波数を統一しておかないと通信障害を起こしてしまうからです。

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