テクノ雑学

第131回 暮らしを支える新しいワイヤレス送電技術 −磁気共鳴伝送の仕組み−

電気自動車や家庭内ロボットなど、電気で広い範囲を動く機械が実用化されています。これらはバッテリを搭載しており、その電力で動作しますが、問題になるのがバッテリの充電時に必要な給電。コンセントから電気を取る方式だけでなく、離れた距離からコードレスで充電ができるのが、非接触送電技術です。今回のテクの雑学では、その中でも、次世代の非接触送電技術の本命といわれている「磁気共鳴伝送」を紹介します。

「離れた距離でも充電できる」非接触充電の新しい方式

電気器具を利用するには、電池や外部電源から、電気を供給する必要があります。充電式の電池を利用するのであれば、やはり充電するために、電源から電気を送る必要があります。電気を送る「送電」には、電源に電気を通す導線(電源コードなど)を接続し、電流を流すのが通常の方式です。これに対して、導線を使わず、離れた場所に送電することを、「ワイヤレス送電」と呼びます。導線が不要なため、断線などのトラブルが起こりにくいことや、金属による接点がなくても送電ができるため、水がある環境などで安全に利用できるといった理由で、ワイヤレス送電技術は、主に携帯電話、電気歯ブラシ、ハンディターミナルなど、充電式小型機器の充電器に使われてきました。

 現在、ワイヤレス送電技術として、実用化が進められているのは、電磁誘導方式・磁気共鳴方式・マイクロ波放電方式の3つがあります。それぞれ原理が異なり、送れる電流の大きさや到達距離が異なります。特徴を比較したのが、次の表です。

 現在小型機器の充電に使われている方式は、主に電磁誘導方式です。きわめて短い距離で高効率の送電が可能であり、仕組みも単純であるという長所がある反面、伝送距離がきわめて短く、また、向きもきちんと合わせる必要があるため、専用の充電台に置く前提での利用になるというデメリットがありました。

 電磁誘導方式よりも長い距離の送電が可能なワイヤレス送電として、今注目されているのが、磁気共鳴方式です。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)が2006年に理論を発表しました。2007年にはその理論に基づいた試作機を作成し、ワイヤレス送電を実際に行ったのです。

■ 音叉の共鳴と同じ原理を利用して送電する

 電磁誘導方式と磁気共鳴方式の装置は、どちらもコイルを向かい合わせに置いて一方に電源を接続して給電し、もう一方のコイルで受電するものです。形は似ているのですが、原理は全く異なります。

 電磁誘導方式の原理は、「コイルを貫く磁束に変化を与えることによって起電力が発生する」というファラデーの法則です。2つのコイルを十分に近づけ、給電側のコイルに交流電流を流すことで、受電側のコイルの中にも磁束が発生し、受電側のコイルにも電流が流れます。

 これに対して、磁気共鳴方式では、2つのコイルを「共振器」として利用します。共振とは、同じ周波数で振動する2つのものを近づけて置き、一方を振動させるともう一方も振動する現象です。よく知られるのが、音叉の共鳴現象です。同じ周波数の音叉を近くに置き、一方を鳴らすと、音波による空気の振動がもう一方の音叉にも伝わり振動し始めます。


 磁気共鳴では、給電側のコイルに電流が流れることにより発生した磁場の振動が、同じ周波数で共振する受電側の共振回路に伝わる現象です。利用する周波数の波長に比べて、十分に小さな距離に受電側のコイルがある時に、磁場の振動が伝わり、電流が流れるのです。

 MITが2007年に発表した論文では、送電距離が2mの場合で40%、1mの場合には90%の伝送効率を得たとしています。伝送距離が数mm〜10cm程度の電磁誘導方式に比べると長距離でも伝送できることが大きな特徴です。

■ 複数のデバイスを置ける「充電皿」がすでに実用化

 もう一つの特徴が、共振周波数の調整により給電対象の絞り込みができ、かつ、給電側と受電側の向き合わせも、電磁誘導方式ほどシビアではないことです。電磁誘導方式では、給電側のコイルで発生させた磁束の位置に受電側のコイルの軸がズレないように配置する必要がありましたが、磁気共鳴方式では、距離さえ合っていれば向きは多少ズレても共振します。こうした特徴を生かして、たとえば「複数の携帯デバイスを置くだけで充電ができる」充電トレイのような、新しい製品が実現できます。

 実際に、2009年2月には、スペインのバルセロナで開かれた展示会「Mobile World Congress 2009」で、このようなワイヤレス充電装置のデモ展示が行われました。

■ 電気自動車充電装置の本命

 電気自動車やハイブリッド車の普及が進み、自動車の充電システムの開発が進められています。磁気共鳴方式の非接触型充電は、数m程度の距離であれば離れたところから充電ができるため、たとえば路面やガードレールなどに給電側のコイルを設置するような仕組みや、駐車スペースに車を置くだけで充電できるような仕組みが実現できます。
 


 
 電気自動車の普及のためには、手軽で安全な給電システムは欠かせません。磁気共鳴伝送は、これからのバッテリ充電の仕組みとして、さまざまな応用が期待される技術なのです。


著者プロフィール:板垣朝子(イタガキアサコ)
1966年大阪府出身。京都大学理学部卒業。独立系SIベンダーに6年間勤務の後、フリーランス。インターネットを中心としたIT系を専門分野として、執筆・Webプロデュース・コンサルティングなどを手がける
著書/共著書
「WindowsとMacintoshを一緒に使う本」 「HTMLレイアウトスタイル辞典」(ともに秀和システム)
「誰でも成功するインターネット導入法—今から始める企業のためのITソリューション20事例 」(リックテレコム)など

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