テクの雑学

第86回 より安定した走りへ −AT最新事情 その2−

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

 前回は、昔ながらのマニュアル・トランスミッション(MT)とオートマチック・トランスミッション(AT)について説明しました。今回は、近年に登場した新しいMTとATについて解説したいと思います。

「セミオートマ」の登場

1989年、フェラーリのF1マシンに「セミオートマチック・トランスミッション」と呼ばれる機構が搭載されました。歯車セット自体は通常のMTと同じものを使いますが、変速機構の操作とクラッチ操作をコンピュータ制御によって自動化し、ステアリングホイール上に設けられた「パドル」と呼ばれるレバーを操作するだけで、クラッチペダルもアクセルペダルも操作せず、自動的に変速操作が完了するというものです。
 このような機構が採用された理由は、大きく3つがあげられます。ドライバーの操作負荷軽減、操作ミスの危険性低減、そして伝達効率の向上です。
 F1マシンのドライバーは、加速/減速時、コーナリング時に大きなGにさらされることになります。さらに巨大なダウンフォース(空気を利用してクルマを路面に押し付ける力)を利用する影響で、ステアリング操作には大きな力が必要でした。当時はまだ、レーシングマシンのステアリングにはパワーアシスト機構は付いていませんでしたから、変速操作時には高いGにさらされながら重いステアリングを片手で保持しなければならなかったわけです。
 直進状態ならともかく、コーナリング中に変速操作が必要な場合は操作ミスの危険性が排除できず、特に疲労が蓄積してくるレース終盤では、操作ミスによってトランスミッションやエンジンを壊してしまうケースがまま見受けられました。
 セミオートマチックなら、常に両手でステアリングを握っていられるだけでなく、変速のためのレバー操作やクラッチペダル操作が不要になりますから、ドライバーは身体的負担が軽減され、集中力を保ちやすくなります。変速操作ミスによるトラブルの可能性も大きく低減できますし、クラッチの断続に要する時間は最小限で済むように制御されていますから、その分、エンジンの力をより多く路面へ伝えることも可能になるわけです。

 変速操作はあくまでドライバーがパドルを操作すること、つまり手動=マニュアルで行なわれ、市販車のATのように車速やエンジン回転数に応じて自動的に変速操作が行なわれるわけではないので、正確には「自動変速機構付きMT」、変速機構が自動化されているという意味では「オートメーテッドMT」もしくは「ロボタイズドMT」と呼ぶべきものなのですが、なぜか「セミオートマ」という呼称が定着してしまい、また後には市販車と同様の完全自動変速を行なうタイプへ進化したこともあって、話がややこしくなってしまいました。

■ 以外に古い? 自動変速の試み

 実は、という話になりますが、このような自動車用トランスミッションの元祖は、いすゞ自動車が1984年から市販車に搭載した「NAVI5」になります。NAVI5はおもにバスやトラックのドライバーの操作負荷低減を目的として開発されたものですが、パドルを持たないこと以外、機構面ではフェラーリがF1に採用したセミオートマもまったく同じといってかまいません。
 1990年代末ごろからは市販車にも同様の機構が復活し、フェラーリの「F1マチック」、マセラッティの「カンピオコルサ」、アルファロメオの「セレスピード」、フィアットの「デュラロジック」、BMWの「SMG」などが、このタイプに分類できます。
 ちなみに、変速操作を自動化したトランスミッションや、クラッチ操作を自動化する機構はそれ以前から存在していました。たとえば、アメリカで盛んなドラッグレースの上位クラスでは、圧縮空気を使ってボタンひとつで変速(ただしシフトアップのみ)する「エアシフター」が常識化していましたし、クラッチ操作を自動化する機構も、古くは1928年代にイギリスで大型バスに採用された「プリセレクタ」や、1955年デビューのシトロエンDSが搭載した「シトロマチック」、日本でも1960年代のスバル360などに搭載されたシフトレバー連動電磁クラッチなどの例があります。
 1990年代に入るとRUF、ALPINAといったチューニングカービルダーが独自に採用したものや、ルノーの「イージーシステム」など、クラッチ操作なしに変速できるMTが再び盛り上がりを見せ始めます。

 ここで話をややこしくしてくれたのが、ポルシェの「ティプトロニック」です。
 1990年から採用されたATで、機構そのものはトルクコンバータ+遊星歯車(テクの雑学 第84回 AT最新事情その1)なのですが、通常のATセレクターゲートに加えて、「+」と「−」の2ポジションだけを備えるもうひとつのゲートを持つのがポイント。+方向にレバーを押せばシフトアップ、−方向ならシフトダウンという手動変速を可能にしたことで、フルオートマチックによるイージードライブと、マニュアルシフトによるスポーティさを両立させました。
 後にパドルも備え、機構上はまったくの別物ながら、ドライバーが行なう操作の面ではF1のセミオートマとまったく同じであることから、オートメーテッドMTと混同されがちになってしまったことは否めません。ちなみに、いまではほとんどのAT車が同様の機構を備えています。

 

■ ツイン(デュアル)クラッチ方式の登場

 さて、最近になってますます話をややこしくしてくれる新方式のトランスミッションが登場しました。フォルクスワーゲンが「DSG(Direct Shift Gearbox)」、アウディが「Sトロニック」と呼ぶ、いわゆる「ツイン(もしくはデュアル)クラッチ式オートメーテッドMT」がそれです。
 このタイプのトランスミッションの元祖は、1986年にポルシェがレーシングマシンに搭載した「PDK(Porsche Doppel Kuppling)」と呼ばれるものです。ギアボックス部分の基本構造は通常のMTと同じなのですが、歯車セットを偶数段(1速、3速、5速)と奇数段(2速、4速、6速)を独立させた配置とし、それぞれにクラッチを備えていることが特徴です。

 ツインクラッチ式MTの変速時の作動を、順を追って説明しましょう。1速に入れると、奇数段側にある1速用の歯車セットがアウトプットシャフトに出力を伝えられる状態になり、奇数段側のクラッチを接続することでクルマが走り出します。そしてこの状態で、偶数段側にある2速用の歯車セットも、すでにアウトプットシャフトに接合された状態になってスタンバイしているのが、このシステムのミソです。1速から2速に変速する時は、奇数段側のクラッチを離し、同時に偶数段側のクラッチを接合すればOKです。
 

ツインクラッチ式ATの原理1

 

ツインクラッチ式ATの原理2

 

ツインクラッチ式ATの構造(概念)



このような機構が考案された最大の目的は、MTの変速時のクラッチ断続によるトルクの断続をなくして、エンジンの力を絶えず路面へ伝え続けることです。レーシングマシンに採用された理由もそこにあります。

 デビュー当初のPDKは、まだ電子制御のレベルが低かったことで実用段階に至ったとは言いがたく、数レースを走ったのみでお蔵入りしてしまいましたが、その後も開発が続けられ、今世紀になって兄弟企業であるフォルクスワーゲン/アウディから、自動変速機構も加えた市販車用システムが登場しました。

 市販車におけるメリットは、アクセルとブレーキの2ペダルのみで運転できることに加え、トルク断続の解消による走行安定性の向上、トルクコンバータ+遊星歯車式よりも高い伝達効率による燃費向上、CVTでは対応が不可能な高トルク車用ATとしての用途、などです。

 ツインクラッチ式オートメーテッドMTは、すでに国内メーカーの市販車にも採用されています。現在は三菱自動車のランサー・エボリューションXが搭載する「ツインクラッチSST」、日産GT-Rの「GR6型デュアルクラッチトランスミッション」の2例のみですが、今後も、特に高級車やハイパワー車を中心に採用例が増えることは間違いなし、といっていいでしょう。

 ちなみに、ツインクラッチ式を含めたオートメーテッドMT車は、ほぼすべてがクラッチペダルを持たない「2ペダル」構成なので、オートマ限定免許で運転できます。通常のオートメーテッドMTでは変速に要する時間が比較的長くかかるものもあり、それが違和感として受け取られることも少なくありませんが、ツインクラッチ式ではむしろ人間の操作では絶対に不可能な短時間で変速を終えられます。デメリットを強いてあげるなら、クラッチ部分の機構が少し複雑になることと、重量が若干重くなること程度ですから、そう遠くないうちに純然たるMT車は絶滅してしまうのかもしれません。


著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経トレンディネットなどに執筆。
著書/共著書/編集協力書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」「PC自作の鉄則!2005」(日経BP社)
「図解雑学・量子コンピュータ」(ナツメ社)など

PAGE TOP