テクの雑学

第62回 いつの時代もいい音で −CDの「デジタル・リマスタリング」ってなんだ?−

過去の記事を整理・一部リライトして再掲載したものです。 古い技術情報や、 現在、TDKで扱っていない製品情報なども含まれています。

筆者が音楽——この場合、端的に「ロック」を指すわけですが(笑)——を意識的に聴き始めたのは、中学に入って間もない頃。今から30年近くも前の話になります。

 当時、音楽を一般市場に供給する媒体は、アナログレコードとカセットテープのみだったわけですが、今にして思えば、レコードなどは取り扱いがけっこう面倒な媒体だったものです。

昔ながらのレコーディング

たとえばレコードは保管状態が悪いとあっけなく反ってしまいましたし、再生中に地震でも来ようものなら、針が盤面を横滑りして再起不能にしてくれます。そもそも針と盤面の摩擦自体によるノイズが出ますし、再生前にはクリーナーで念入りに盤面からノイズの原因となるチリやホコリを除去するわけですが、それでも片面を通してまったくノイズなしに再生できることはたいへん希だった記憶があります。時には溝の奥深くに入り込んだチリを取り除くため、盤面に木工用ボンドを塗付し、乾燥したら剥がす……といった「儀式」にまで足を踏み入れていました。

 ですから、高校生になって音楽用CDが世に出た頃は、まさに革命! と、激しく感動したことを、今でも鮮明に記憶しています。

 さて、CDが一般市場向け供給メディアの中心になってからも、レコーディングの現場で用いられていたのは磁気テープでした。まず、スタジオで曲ごとのドラムならドラム、ボーカルならボーカルを、それぞれ別個の「トラック」として、「マルチトラックテープ」に録音します。さらにトラックごとの音量調整、各種イコライジングやエフェクトなどの処理を施す「ミックス」作業を施します。アルバムの場合は、各曲を順番に並べたり、曲間のつなぎ目をフォードインさせるのか否か? 曲同士の音量バランス調整を行なう……といった編集作業を経て、最終的に2chステレオに「トラックダウン」を行ないます。その結果出来上がるのが、カッティング(プレス用の原盤作成)→プレス工程の担当社へ納品するための「マスターテープ」です。

[ 昔ながらのレコーディング作業の流れ ]
 

1. マルチトラックテープにパートごとの録音を行ない

マルチトラックテープにパートごとの録音を行ない

2. ミキシング→2chへのトラックダウン作業を経て

ミキシング→2chへのトラックダウン作業を経て

3. カッティング作業で原盤を作成する→プレス工程で生産

カッティング作業で原盤を作成する→プレス工程で生産

音楽の世界もデジタルへ

 配布媒体がCDになると、ここに「アナログ→デジタル変換」の行程が加わります。納品したマスターテープ=アナログ音源をデジタルデータ化する行程です。これが「デジタル・マスタリング」作業の始まりと言っていいでしょう。
 CDの登場後しばらくは、そのために使えるものがソニーの「PCM-1610」「PCM-1630」というPCM(Pulse-Code Modulation パルス符号変調)プロセッサしか存在しなかったこともあり、「CDの音」は、特定の可聴帯域と音色の範囲に留まっていた感がありました。それがゆえ、「レコードの方が音がいい」などと言われていた、という見解もあります。

 しかし、その後音楽用デジタル機器の性能が急速に進化したことにより、レコーディングからマスタリングに至る作業の自由度は飛躍的に向上します。さらにパソコンの処理性能向上、digidesign社の「Pro Tools」など、録音データをすべて「波形」としてビジュアルに編集できるソフトウェアの登場などにより、一度録音したデータを自由自在に加工することが、パソコンレベルでも可能になりました。
 実際に楽器を演奏して「録音」をしなくても、サンプリングした音源を使ってソフトウェア上で「楽曲」に組み上げてゆくことで、「音楽」を作ることすら容易なものです。この作業をして、コンピュータ上で雑誌や書籍の編集作業を行なうDTP(DeskTop Publishing)になぞらえ、DTM(DeskTop Music)もしくはDTR(DeskTop Recording)と呼ばれる世の中になったわけです。

 それによって、「レコーディング」の形態もさまざまになりました。
 今でも一定期間、スタジオに日参したり、合宿に近い形でのレコーディングを行なう人も多いようですが、スタジオで録音するのはドラムとボーカルだけ、残りのパートは自宅でハードディスクやDATにライン録音し、ミキシングやトラックダウンに関してだけ再度スタジオに集まって相談しながら作業を進めたり、極端な場合はメンバーの誰かの家で作業してしまうことも珍しくありません。

 また、もはや小規模な配布や販売にプレス原盤の作成は不要です。特に大量生産する必要のないインディーズバンド等の場合、パソコン上のオーサリングソフトでファイルをCD-DA形式にしてマスター用のCD-Rに焼き付ければ、あとはそれをコピーするだけで「商品」としてのCDが完成してしまいます。

[ DTR作業の流れ ]
 

1. ドラムとボーカルパートだけをスタジオで録音(もしくは、サンプリング音源を使って、これもサンプラー+シーケンサーもしくはPCのソフト内部で作成)

1. ドラムとボーカルパートだけをスタジオで録音(もしくは、サンプリング音源を使って、これもサンプラー+シーケンサーもしくはPCのソフト内部で作成)

2. 他パートの演奏者は、それを聞きながら自宅でDATやパソコンに録音

2. 他パートの演奏者は、それを聞きながら自宅でDATやパソコンに録音

3. スタジオやメンバー宅へデータを持ち寄り、パソコンを使ってミキシング→2chへのトラックダウン作業を行ない、アマチュアならそのままCD-Rに焼いて「マスターディスク」を作り、これをデュープして販売なり配布なりする。プロはマスタリングスタジオに作業依頼してからプレス工場へ。

3. スタジオやメンバー宅へデータを持ち寄り、パソコンを使ってミキシング→2chへのトラックダウン作業を行ない、アマチュアならそのままCD-Rに焼いて「マスターディスク」を作り、これをデュープして販売なり配布なりする。プロはマスタリングスタジオに作業依頼してからプレス工場へ。

現在のデジタル・マスタリング

 とはいえ、今でもアナログテープに録音→ミックスダウンしているミュージシャンも多々存在します。今回、取材させていただいたスタジオ「バーニー・グランドマン・マスタリング」でも、持ち込まれるメディアは1/2インチアナログテープ、DAT、「Pro Tools」や「AudioCube」といったソフトウェアのデータなど、さまざまだとのことです。

 ここから先が、いわゆる「マスタリング」作業になるわけです。レコーディングというと、ミックスダウンやトラックダウンを行なうエンジニアに注目が集まりがちですが、実はこの「マスタリング」行程を担当するエンジニアのウデしだいでレコードやCDの仕上がりに大きな差が出ます。

[ 現在のマスタリングの流れ ]
 

1. 納品されたミックス済み音源を

2. ワークステーションに取り込んで「商品価値」を高めるための調整を行ない

ワークステーションに取り込んで「商品価値」を高めるための調整を行ない


3. ファイル化したものをCD-RやDVD-Rに焼いて、プレス工場へ送る

 実際に行なわれる作業は、録音状態、アーチストやプロデューサーの意向、担当するエンジニアなどによってさまざまに分かれます。アナログテープで持ち込まれた場合でも、パソコンやワークステーション用のソフトにそれを取り込んでマスタリング作業を行なうため、そこから先、音を加工しようと思ったら、文字通りにいくらでも加工できるわけです。

 しかし、マスタリングはあくまで「商品」としての価値を高めるための作業である、との認識から、たとえば最近主流であるPCやデジタルポータブルプレーヤで聞きやすくするための必要最低限の作業しか行なわないエンジニアもいます。バーニー・グランドマン・マスタリングでは特にそのことを徹底していて、「素材(録音状態やミキシング)が素晴らしいのなら、それはなるべくそのままの状態で世に出したい。例えて言うなら、刺身で食べられる素材をフライにするべきではない」との考えから、最低限のイコライジングとコンプレッション調整しか施さないことも多々ある、とのことでした。

 さて、古い音源がCD化される場合には、「デジタル・リマスタリング版」と称する盤が目につきます。もともとアナログレコード用に製作された音源をCD化する場合、その段階で「デジタル・マスタリング」処理は行なわれているわけですが、たとえば15年前に用いられていた発展途上のデジタル機器に比べると、今日のレコーディング機器ならびにDTR用ソフトウェアの機能や性能は、まさに桁違いのレベルにあります。
 極端な話をするなら、アナログレコードそのものを音源としてパソコンに録音し、DTRソフトを用いてノイズ成分だけを消去した上で、各楽器の音量バランスやエフェクトを再調整……といった作業を行なうことで、楽曲やアルバム全体の印象をまったく変えてしまうことも可能なのです。

 もともとデジタル・マスタリングで作られたCDであっても、事情は同じです。また、サウンドにはその時々の流行や時代性というものがあります。たとえばリズムセクションのビートが強調されたサウンドが流行っているなら、リマスタリング作業によってそのような印象に生まれ変わらせたり、まったく逆に録音当時の状況をいっそう強く印象付ける、といったことが可能なのです。
 そのあたりをどうするか? は、ひとえにミュージシャンやプロデューサーの意向しだいです。

 筆者も、すでに購入済みのCDを「デジタル・リマスター版」に買い替えた経験を複数回持っています。音作りの好みは人それぞれでしょうが、ほぼすべての場合、少なくとも音量・音圧バランスについては明確に向上していることがはっきり理解できる仕上がりになっています。これはデジタル機器のリファレンスレベルが向上した(当初は−20dBだったが、現在は-12dB〜-14dB程度。また、A/Dコンバータの処理性能向上も影響)ことと、音楽を聴くスタイルの変化への対応に対する「商品性向上」がおもな目的です。

 最近はCDを購入してもオーディオ機器ではなく、パソコンで聴く人が増えています。特にMP3などにリッピングしてから聴く場合は、音質が劣化した状態になるわけです。さらに、パソコンが搭載しているアンプのパワーが低いため、もともとの音レベルを上げておかないと、再生時に音が歪んでしまってまともに聴けたものではなくなってしまう、といった事情への対策という意図が大きいのです。

 みなさんも、好きなミュージシャンのベスト盤などが発売された時、それがデジタル・リマスタリング版なのか? に注目してみてください。懐かしのあの曲が、また違った印象で楽しめるかもしれません。
 

【 取材協力 】

■バーニー・グランドマン・マスタリング



著者プロフィール:松田勇治(マツダユウジ)
1964年東京都出身。青山学院大学法学部卒業。在学中よりフリーランスライター/エディターとして活動。
卒業後、雑誌編集部勤務を経て独立。
現在はMotorFan illustrated誌、日経デジタルARENA、日経ベストPCデジタル誌などに執筆。
著書/共著書/監修書
「手にとるようにWindows用語がわかる本」「手にとるようにパソコン用語がわかる本 2004年版」(かんき出版)
「PC自作の鉄則!2006」「記録型DVD完全マスター2003」「買う!録る!楽しむ!HDD&DVDレコーダー」など(いずれも日経BP社)

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