TDKのコアテクノロジー

Vol.1
プロローグ:磁性をめぐるイノベーション

2020.12.22

AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、5G通信などの発展により、技術社会は新たなステージへと進みつつあるといわれます。時代を画するイノベーション(技術革新)は突如として出現するのではなく、長年にわたり蓄積された技術やノウハウ、そして独創的なアイデアやひらめきが、時代の要請にフィットしたときに生まれるものです。本シリーズはエレクトロニクスを支える多種多様な電子部品・デバイスの開発エピソードや、最先端の製造現場における各種技術にスポットを当てた読み物です。科学が苦手という方でも気軽に読み進められるように、あまり知られていないテクニカル・ワールドの面白さをわかりやすくご紹介します。

人類文明は素材技術によって牽引されてきた

人類の技術文明は自然素材を利用・加工することから始まりました。石器時代、青銅器時代を経て到来した鉄器時代は、人類の技術史における一大エポックで、現代もなお鉄器時代の延長にあるともいえるでしょう。鉄ほど人類とつきあいが深い金属はありません。
また、鉄はありふれた金属でありながら、磁石やエレクトロニクスとも関わる磁性材料でもあります。そこで、イントロダクションをかねた本シリーズの第一弾として、「磁性」をテーマに取り上げてみました。キーワードは、「鉄、磁石、フェライト」です。

地球は「鉄の惑星」

自然素材は地球の産物です。まずは地球の歴史から話を進めてみましょう。
地球は約46 億年前、無数の微惑星が衝突、集積することから誕生しました。当初はその衝突エネル ギーにより灼熱のマグマ状態でしたが、冷却の過程で岩石や海が形成されました。

約46億年前、おびただしい数の微惑星が集結して地球が誕生した。

物質の単位体積当たりの質量を密度といいます。地球を構成している物質すべての平均密度は、地殻の岩石(約2.8[g/ cm3])より重く、約5.5[g/cm3]もあります。これは地球内部には主に鉄(約7.9[g/ cm3])からなる核が存在し、その質量は地球全体の約3分の1を占めるからです。地殻を構成する元素においても、鉄は、酸素・ケイ素・アルミニウムに続いて4番目に多い元素です。
火星と木星と中間帯には、小惑星と呼ばれる多数の小さな天体群が周回しています。日本のJAXAの “はやぶさ”は、小惑星を構成する岩石を直接採取して持ち帰ることをミッションとして打ち上げられた探査機です。持ち帰った岩石サンプルを分析することにより、詳しく解明されていない誕生時の地球の化学組成が推定できるからです。

地球の全質量のうち約3分の1は主に鉄からなる核が占めている。

磁性の謎解きから誕生した電磁気学

鉄は磁石に吸いつくという磁性をもった特異な金属です。マグネットという名前は、天然磁石を産していた紀元前ギリシャのマグネシアという地名に由来するといわれます。また、漢字の「磁石」は、中国ではもともと「慈石」と表されていました。これは母親が乳飲み子を慈しんで抱くように、鉄片を引き寄せることからの命名です。

火薬、活版印刷術とともに、羅針盤は、ルネサンス期のヨーロッパの三大発明といわれます。しかし、これらはいずれも10世紀頃の中国が起源で、イスラム世界を通じてヨーロッパにもたらされたものです。
初期の中国の羅針盤は、魚の形をした木片の内部に天然磁石を格納し、水に浮かべると魚の頭が南を指すようにしたもので、指南魚と呼ばれました。また,天然磁石で鉄針を摩擦すると、鉄針は磁化して方位磁針となることも古くから知られていました。11世紀中国の政治家・科学者であった沈括(しんかつ)は、方位磁針が指す方向は地理上の南北からわずかに偏ること、すなわち地磁気の偏角についても言及しています。
中国の羅針盤は、12世紀頃にヨーロッパに渡って方位コンパスとして改良され、大航海時代を到来させることになりました。

中国の羅針盤がもととなり、ヨーロッパで方位コンパスとして改良された。

物質の磁性の本格的な研究は、16世紀イギリスのギルバートに始まり、19世紀のエルステッドの電流の磁気作用、ファラデーの電磁誘導の発見などにより、電気と磁気の相互関係が知られ、電磁気学という学問分野が確立されました。

19世紀にエルステッド、ファラデーなどが行った実験により、電気と磁気の関係が明らかになり、電磁気学の確立につながった。

日本刀の製造技術からヒントを得たKS磁石鋼

“鉄は国家なり”とは、19世紀ドイツ帝国の宰相ビスマルクの有名な言葉です。当時は製鉄技術の発展期で、鋼材が大量生産できるようになり、建材や橋梁、鉄道レール、船舶などに多用されて、鉄は国力のバロメータとされたからです。
発電機やモータなども発明され、それにともなって、鋼にタングステンやモリブデンなどの金属を添加した各種の磁石鋼も、世界中で研究・開発されました。なかでも、1916年、日本の本多光太郎が発明したKS鋼は、当時、世界一強い磁力をもった永久磁石として世界を驚かせました。磁石となる材料の性能は材料組成だけでなく、微細な金属組織のあり方も関係してきます。KS鋼は日本刀が焼き入れ工程で金属組織が変化し、硬さを増すことにヒントを得て発明されたといわれます。

そもそもフェライトとは何か?

磁石に吸いつく物質を広く磁性材料といいます。磁性材料はハード磁性材料とソフト磁性材料に大別されます。いずれも磁界を加えると磁化されて磁石に吸いつきますが、磁界を取り去っても磁化を残して永久磁石となるのがハード磁性材料、磁界を取り去ると磁化を残さず元の状態に戻るのがソフト磁性材料です。
炭素鋼や磁石鋼などはハード磁性材料で、電磁石やトランスの磁心(コア)に使われる軟鉄やケイ素鋼はソフト磁性材料です。
19世紀から20世紀にかけて、磁性材料というのは、ハード材料においてもソフト材料においても、鋼や鉄合金など、もっぱら金属と考えられていました。ところが、1930年に非金属(酸化物)の磁性材料が、東京工業大学の加藤与五郎博士と武井武博士によって発明されました。これがフェライトです。
フェライトは酸化鉄などの粉末原料を成型・焼成して得られるセラミックスです。陶磁器のようなセラミックスが磁性材料となるとは、当時の常識を覆す画期的な発明でした。

世界初のフェライトの工業化を目的にTDKが設立

フェライトにもハード磁性とソフト磁性の2タイプがあります。武井博士は、酸化鉄とさまざまな金属酸化物を混合してフェライトを合成しているうちに、コバルトを加えたCoフェライトが強い磁性を示して永久磁石となることに気づきました。また、さらに研究を重ねる中で、銅フェライトと亜鉛フェライトを混合したCuZnフェライトが、優れたソフト磁性をもつことも発見しました。
このフェライト(ソフトフェライト)の特許を譲り受け、世界初のフェライトの工業化(製品化)を目的として、1935年に設立されたのがTDKです(設立時の社名は、東京電気化学工業)。日本における大学発ベンチャー企業の草分け的な存在でした。

フェライトはコイルやトランスのコア(磁心)などに多用されているソフト磁性材料。[MO]で表される金属酸化物と「Fe2O3」で表される酸化鉄からなる複合酸化物で、金属系材料では得られない多様な特性により、エレクトロニクスを根底から支えている。

TDKの設立当時は電波を利用する高周波技術の黎明期で、フェライトは無線通信機器のアンテナコイルのコアなどの用途に限られていましたが、その後、高性能ラジオやテレビの普及とともに、高周波用トランスコアやブラウン管の偏向ヨークコイル(電子銃から放たれた電子の方向を曲げて画像をつくるためのコイル)のコアなどにも需要が急増しました。さらにはAV機器やOA機器などの普及にともない、チョークコイルやノイズフィルタ、スイッチング電源のトランスコアなどにも用途は拡大し、フェライトはエレクトロニクスに必要不可欠な電子材料となりました。EV(電気自動車)の燃費向上にも、フェライトは活躍しています。

天然磁石とフェライトの意外な関係

ところで、フェライトが発明される以前から、人類はフェライト磁石を利用してきたと言ったら驚かれるでしょうか。実は羅針盤などに使われた天然磁石というのは、加藤博士と武井博士が発明したフェライト磁石〔OP:Oxide Powder(酸化物粉末)磁石と命名〕と同じ仲間の酸化物鉱物だったのです。つまり、天然磁石は地球が生んだ自然界のフェライト磁石ということになります(ただし、現在、使用されているフェライト磁石は、OP磁石と別タイプのハードフェライト材料です)。

地球はさまざまな自然素材を産出する。天然磁石は地球が生んだフェライト磁石であることは、 20世紀日本で明らかにされた。それとともに、フェライトという画期的なソフト磁性材料も発明された。

鉄鉱石にはさまざまな種類があります。天然磁石は磁鉄鉱(Fe3O4:マグネタイト)の仲間ですが、磁鉄鉱は磁石に吸いつくものの、それ自身が磁石になることはありません。また、赤鉄鉱(α-Fe2O3:ヘマタイト)にいたっては、磁石に吸いつくような磁性をもちません。
天然磁石の多くは、磁鉄鉱が風化・酸化する過程の中間物として生成される磁赤鉄鉱(γ-Fe2O3:マグへマイト、ガンマ・ヘマタイト)と呼ばれる鉱物です。このため、磁鉄鉱や赤鉄鉱は地球上にふんだんに存在するのに、鉄を吸いつけるような天然磁石はまれにしか存在しません。

 

天然磁石となる磁赤鉄鉱は、磁鉄鉱が赤鉄鉱へと風化・酸化する過程で生成される中間物。カセットテープやビデオテープなど、磁気テープに塗布される磁性粉としても利用された。

IEEEマイルストーンに認定された「フェライトの発明と工業化」

調味料しだいで料理の味が、がらりと変わるように、フェライトは原料の組み合わせや、その他の微量添加物によって、多種多様な特性が発現します。このため、発明から約1世紀を経てもなお、無限の可能性を秘めた磁性材料といわれています。
世界最大の電気・電子技術者による学会であるIEEEでは、社会や産業の発展に大きく貢献した歴史的業績を「IEEEマイルストーン」として顕彰しています。2009年、東京工業大学とTDKによる「フェライトの発明と工業化」が、世界で89番目のIEEEマイルストーンに認定されました。エレクトロニクス材料そのものが認定の対象となったのは珍しく、いかにフェライトが人類の技術史の上で画期的な磁性材料であるかを物語っています。

「フェライトの発明と工業化」は、2009年に世界最大の電気・電子技術者による学会であるIEEEより、世界で89番目の「IEEEマイルストーン」に認定された。

磁性は永遠にマグネチック

近年、米国NASAの宇宙望遠鏡“ケプラー”などにより、太陽系外に地球と似た惑星が数多く存在することが観測されるようになりました。こうした惑星に、もし知的生命体(宇宙人)が生息して、高度な技術文明を築いていたとしたら、彼らもまた電気や磁気、鉄を応用して、さまざまな発明を成し遂げているに違いありません。電気と磁気は宇宙において根本的かつ普遍的な性質であり、鉄も宇宙ではありふれた元素だからです。
磁石を語源とする「マグネチック」という言葉には、人を「惹きつける・魅惑する」という意味もあります。物質の磁性は、いつの時代にもマグネチックです。これは宇宙そのものが、永遠にマグネチックであるからにほかなりません。

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